七章 砂の都・二
皓緋と彩音が二人を見送った後。
皓緋が大きく伸びをし、何かを探すように自分の服やらポケットを見出したが、目当てのものがなかったらしく、今度は彩音の方へ視線を移す。
いきなり探る様に見られ始めて彩音は居心地が悪くなり、皓緋の視界から出ようと一歩、後へ下がった。
それでも皓緋の視線は追って来たが、彩音にも皓緋が欲しい物は無かったらしく「仕方ない」と皓緋は呟き、自分のシャツの裾を裂いて手頃な長さで切ると、それを両耳に詰めた。
「??」
彩音は皓緋の行動をよくわからないまま見ていたが、更に予想外の行動をされ驚いた。
自分の身体が宙に浮いた。
「え?」
皓緋が彩音を抱き上げのだ。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
「ええっ!?」
彩音がどういうつもりかと皓緋に問うのより早く、その相手が口を開く。
「彩音、しっかり俺にしがみついてろよ」
ニヤリと笑うと皓緋は何の躊躇いもなく、勢いよく眼前の崖を飛び降りた。
「はぁ!?」
ここは崖だ。
それも高層ビルなど比較にもならないぐらいに高い。
下は砂の河がごうごうと音を立てて流れている。
落下すれば砂に呑み込まれ、もがきながら死ぬだろう。
まさに自殺行為としかいえない。
「いっ、やぁーーーー!!」
彩音は叫ぶとともに、皓緋の首にしっかりとしがみつき、身体も皓緋に押し付けるようにくっつける。
彩音のそんな必死な様を見て皓緋は笑い出した。
「ははっ! あっはははっ!」
彩音は皓緋の笑い声にカチンときて、落下の恐怖も忘れ抗議する。
「何笑ってるのよ! わ、私はあなたと心中する気なんて全然ないんだからぁっ!」
そう。祥護を助けるためにもこんなところで死ぬ訳にはいかない。
「ははっ! 俺もまだ死ぬ訳にはいかないな」
皓緋は笑いながら答える。
「じゃ、何で崖から飛び降りるのよっ!?」
「ここに出入口があるからだ」
「はぁ!?」
この人は何を言っているのだろう。
出入口。
この空間のどこにそんなものがあるというのか。
まさか、あの砂の河の下にでもあるというのだろうか。
もしそうだとしたら、出入口にたどり着くまでに砂で窒息死しそうだ。
「いったいどこにそんなのがあるっていうのよ!」
「もうすぐだ」
落下しながら皓緋が答える。
落ちるスピードが増し、衣装がはためく音や風の音が耳に痛いし、目も開けていられない。
その時彩音は思い出した。
皓緋の耳栓。
あれはこのための物だったのか。
それなら私にもくれればいいのに! と心の中で文句を言う。
本当は声に出して言いたい所だが、今はそんな余裕はないし、口も開けない。砂が口に入るからだ。
目も閉じ、口も閉じ、皓緋にしっかりしがみついて、早く目的地に着くことだけを願っていた彩音だが、身体にかかる風圧がだんだん弱くなってきたことに気がつき、ゆっくり目を開けると同時に落下は止まった。
彩音は恐怖の余韻で上手く動かない身体を何とか動かし、皓緋のシャツの襟を引っ張って抗議する。
「何だ、彩音。襟を引っ張るな。苦しいだろ」
皓緋が彩音の目を見て窘める。
彩音は崖から飛び降りた事について文句を言おうと口を開いたが、言えなかった。
皓緋の甘い琥珀色をした瞳に、どきりとしたからだ。
加えて皓緋は美形だ。精悍な顔立ちというのだろうか。目の形や、顔のラインには鋭さを感じる。
彩音が見惚れて口を開けたままぽやっとしていると、皓緋がくくっと笑う。
「何だ、お前。俺に見惚れているのか?」
その言葉ではっと我に返った彩音は、首を振って思い切り否定する。
「ち、違うもん! 見惚れていたんじゃなくて、呆れていただけ!」
本当は思い切り見惚れていたが、照れや恥ずかしさもあり否定する。
「ほーう? その割にはずいぶんと頰が赤いが?」
言って、左の人差し指で彩音の頰をつつく。
「お? 柔らかいな、お前の頬っぺた。はは」
皓緋は彩音の頰の感触が気に入ったのか、しつこくつつく。
「やめてよ! うざいー!」
彩音は顔を左右に振って皓緋の指から逃れようとしたが、あまりにもしつこいので左手で指を叩く。
「何だ? サービスが悪いな」
皓緋もそろそろ引き時かと思い、つつくのを止めた。
「そんなサービスなんてしてない!」
彩音は怒って皓緋から離れようと暴れた始めた。
「こら! 暴れるな! 砂の海に沈みたいのか!?」
「何よ! そんな嘘! だってもう地面歩いてるんでしょ!?」
落下はしていないのだから、地面を歩いているはず。彩音はそう思い込んでいた。
「違う。下をよく見てみろ、ほら」
皓緋が顎で下の方を指す。
「そんな嘘言ったって騙されないんだから!」
とはいえ、念のためと思い下を見てみると、そこは皓緋の言った通り砂の海だった。
「え……?」
では皓緋は砂の上に立っていたということだろうか。
だが、砂は河のように流れている。流れている砂の上に立っていれば、足を取られ、沈むのではないのだろうか。
彩音はもう一度下を見た。特に皓緋の足元を。
「浮いて……る……?」
そう。皓緋の足は砂の上にはなく、砂の上に浮いていた。
「えっ!?」
そもそも、あんなに高い所から飛び降りて、地面(というか砂)に着地すれば相当な衝撃がくるはずなのに、そんな衝撃は無かった。
彩音はまたも皓緋の襟元を掴むと「何で!? 何で浮いてるの!? 何で無事なの!?」と捲し立てる。
「こら、襟から手を離せ。苦しいだろ」
皓緋が先程と同じ様に窘めるが、興奮して言葉が耳に入らないのか襟から手が離れない。それどころか、さらに絞まる。
「彩音、落ち着け!」
「痛っ!」
彩音の額に軽く痛みが走る。
皓緋が自分の額を彩音の額にぶつけたのだ。
彩音が額に手を当て、ぶつけられた所を撫でながら皓緋に抗議する。
「いきなり何よ! 痛いじゃない!」
「お前が人の話を聞かないからだ」
「話って……あ……」
(そういえば、襟を離せとか言ってたような……)
恐る恐る上目遣いで皓緋のほうを見ると、思い出したなら離せ、と冷たい視線で言っている。
彩音は慌てて襟から手を離し、皓緋は軽く深呼吸した。
「まったく。この静欒の王である俺の首を絞めるなんて、いい度胸しているな、お前」
嫌味たっぷりの笑顔も添えて、皓緋が彩音に言う。
「なっ……! だって、他に掴みやすい所がないんだから、って、え? 静欒?」
「そうだ」
『静欒』
それは、つい先程までいた世界の名前。
どういうことだろう。
そのことを質問しようとしたが皓緋に先を越された。
「質問は後だ。今は城に帰らないとな。遅いと小言の煩い奴がいるからな」
皓緋はすーっと空中に浮きながら岩壁の方へと移動しながら話す。
「皓緋が浮いていることも?」
「そうだ。後でまとめて答えてやる」
「わかった」
彩音は大人しく頷いた。皓緋は誤魔化さないでちゃんと教えてくれる。だから今は従うことにする。
「いい子だ」
「むっ」
子供扱いされて彩音はむっとするが、とりあえずここは我慢する。
彩音も早く城に行って愛華に会いたいし、少し休みたいと思ったからだ。
皓緋はそんな彩音の様子を見て軽く笑むと、移動ペースを上げ、目的地へと向かい始めた。




