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一章 日常・三

つつがなく夕食も終わり、彩音は食器を洗っている。

祥護はキッチンのイスに座り、食後のデザート中だ。

彩音手製のパウンドケーキと緑茶を飲みながら、テレビを観ている。

「なー、彩音」

「んー?」

彩音は振り返らず、声だけ返す。

祥護も彩音のほうは見ず、声だけかける。

「今日も母さん達遅いのか?」

「んー、お母さんはもうそろそろ帰ってくると思うけど……」

言って、ちらと壁にかかっている時計の方をみた。針は20:00丁度を指していた。

「父さんは?」

「多分、いつも通り夜中じゃない?」

「そ」

自分からきいたわりには、祥護は興味のない返事をする。

別に両親の心配をしているわけではない。

いつもの会話、挨拶のようなもの。

むしろ両親などいなくても構わない。

少なくとも、祥護はそう思っている。

彩音と祥護の両親は共働きだ。

父親は精密機器メーカーの会社員。母親は食品メーカーの会社員として働いている。

両親とも子供のそばにいることはあまりなかった。

母親は育児をするよりは外で働いていたいらしく、産んで一年も経たないうちに復帰したらしい。

父親も家庭を顧みるような人ではなかった。

いや、妻よりは家庭を気にかけてはいたのだが、仕事が忙しくて思うように家族サービスなどができず、結果的には妻と同じく仕事第一の生活になっていた。

幼い祥護のそばにいつもいたのは彩音だった。彩音にとっても同じ事がいえた。

彩音が楽しいとき、嬉しいとき、寂しいとき、苦しいとき。

いつも傍にいたのは弟の祥護だった。心のよりどころはいつも互いだけ。

こんな環境で育てば、親なんていてもいなくてもいいと思うようになる。

とはいえ、それは精神的な面での話。金銭面ではまだまだ親を頼らなければ生活できない。

そんな姉弟の沈黙を破る者があらわれた。

玄関で靴を脱ぐ音が聞こえる。

「ただいまー」

母親の由加が帰って来た。鞄も置かず、キッチンへ直行してきた。

「あ~、お腹すいた~」

倒れ込むようにイスに座り、鞄は足下へぞんざいに放る。

祥護は隣に座った母親をちらりと眺めると、イスから立ち上がりそのまま出て行った。

由加のほうも特に気にせず、用意されている食事の方に意識の大部分が向いている。

「わ~、今日は煮込みハンバーグね」

祥護の懇願の結果だ。

由加は箸を取ると、さっそく食べ始めた。

彩音はお茶をいれている。

いれた茶を料理の近くに置き、彩音もキッチンから出て行こうとしたところを由加に話しかけられた。

「なあに~、もういっちゃうの? 一人じゃつまんないわ」

彩音は、はぁ、と軽く溜息をつくと「何子供みたいな事言ってるの。そこに新聞もあるし、テレビもあるんだから見ながら食べればいいでしょ? あ、食器はちゃんと洗って片付けておいてね」

「え~、冷たい子ね。母親が可愛い我が子とのスキンシップを望んでるっていうのに。それを断るなんてひどい子ね!」

彩音はまた溜息をつき、くるりと振り向き由加に言う。

「あのねぇ、お母さん。そう言う事は、自分がもっと母親だっていう自覚や態度をしめしてから言ってよね?」

「え? ちゃんと母親ならではのことしたじゃない」

その言葉に、ぴくりと眉根をよせる。

「……何を?」

由加は箸をおいて、この上なく偉そうに娘に言った。

「五体満足でちゃんとあんた達を産んだこと」

「…………」

彩音は母親に返事をすることもせず、そのままキッチンを後にした。

「ま! 失礼な子ね!」

少しムッとしながらも、由加はそのまま食事を再開した。お腹が空いていて、それどころではないからだ。


彩音は2階の自室に入ると同時に大きなため息をついた。

「まったく……! 何が『五体満足で産んだ事』よ!」

どかりとイスに座り、もたれた。

「確かに、五体満足で産んでくれた事はありがたいけど、でもそれだけじゃない! あとの主婦業とよばれる一切のものはほぼ全部私がやってるんだから! 他に言う言葉はないのかっていうの!」

怒りのまま、イスをぐるりと回転させた。

頭が少しクラクラするが、逆にそれが気分転換になる。

回転が止まったところで、ふっ、と、溜息をもらした。

「ま、わかってはいるんだけどね……。母親があーゆう性格だってこと。だから何を言っても気にも止めないっていうことぐらい。おかげで私が今まで、いや、今もか。どれだけ苦労しているかっていうこと、考えもしないんだろうな……」

疲れた表情で頬杖をつき、正面の窓の方をぼんやり眺めた。

暗い夜空には星の輝きもなく、それが余計に彩音の憂鬱な心をますます重くした。

しばらくそのままぼんやりとしていたが、学校の課題があったことを思い出し、とても片付ける気分にはなれなかったが結局はやらなくてはいけないので、のろのろと重い動作で教科書を用意し始めた。

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