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六章 逢いたい人・十

生きていた。もう一度逢えた。言葉でどう表せばいいのかわからないぐらい狂喜した。

大事な弟が、半身が生きていた。姿は違っても構わなかった。

今すぐに祥護の元へ駆け寄って、抱きしめたかった。

「祥護!」

もう一度名を叫び、皓緋の腕を振りほどいて祥護の元へと駆け寄ろうとするが、皓緋の腕はびくともせず振りほどけない。

「離して! 離してよ!」

それでも彩音はあきらめず、皓緋の腕を振りほどこうともがく。

「ダメだ。お前をあいつらの側へは行かせない」

皓緋が冷たく言い放つ。

「お前も見ていたならわかるだろう、今がどういう状況か」

その言葉を聞いたとたん、彩音はぴたりと大人しくなった。

忘れる訳がない。祥護が自分を庇って刺されたことを。氷蓮に身体を奪われたことを。

何も出来ず、ただ見ているだけだった。自分の身体なのに、どうにも動かせなくて。

もし、あの時自分の身体を氷月から奪い返せていたら、祥護はこんな目に合わなかったかも知れない。

少なくとも、何も出来なかったということで悔やむことは無かった。

そう思い始めると、自分自身への無力さと、祥護をこんな目に合わせた氷蓮への憎しみがまた心の底から湧き上がる。

この憎しみは、尽きることが無いのではないかと思うぐらい鎮まらない。

いや、祥護の魂と身体が元通りになるまで鎮まらないだろう事が自分でもわかる。

湧き上がる感情にまた自我を飲み込まれそうになった時、自分の名を呼ぶ声で意識を取り戻す。

「彩音……」

祥護だ。

石畳から何とか上半身を起こせた祥護は、荒い呼吸ながら、彩音を心配させまいとして笑顔を作ろうとする。

「祥護」

声が違う、身体も違う。でもあれは確かに祥護だ。

あんなにぼろぼろになっても、自分を気遣う。

変わらない、自分の知っている大事な半身。

「祥護……」

彩音は涙を溢れさせ、もう一度、大事な弟の名前を呼んだ。

「よかった……。無事だな、彩音」

「うん……。また祥護に逢えて嬉しい」

涙と嬉しさで、声が震える。

「ああ……。俺も彩音に逢えて嬉しいよ。だけど……俺は彩音と一緒には行けない……。わかるよな……?」

祥護の呼吸がだんだんと乱れ始める。

「わかっ……なっ……。わかんない、わかんないよっ!! 祥護も一緒じゃなきゃいや! いやだ……! 氷蓮の身体のままでもいい、私は祥護と一緒にいたい……!」

皓緋の腕にさらに爪が食い込み、白いシャツの赤い滲みが大きく広がる。

「つっ!」

皓緋が小さく呻くが、腕に感じる痛みより彩音が叫ぶ声の方がよほど痛い。聞く者の心を悲しみに溢れさせ、涙を誘うほど悲痛な声だ。

「そうはさせるか……!」

氷蓮が呻きながら何とか立ち上がり、呆然としている愛砂に指示をだす。

「愛砂! 私の身体を抑えろ……! 誰にも触らせるな!」

愛砂は自分の名を呼ぶ声に反応したが、まだ感情の整理がつかない。どうすればいいのかわからない。わかることは、自分まで主に逆らう訳にはいかないということだ。だから操られたようにふらふらと、氷蓮の身体の側に行き、背後から抱きしめる。

それだけで十分な程、祥護はもう動くことが出来なかった。逆に、愛砂にもたれかかることで身体が楽になるほど、氷蓮の身体は弱り果てていた。

「それでいい、愛砂。そのまま離すな」

氷蓮は呼吸が荒いまま、呪文を詠誦し始める。

「させる、かっ……!」

祥護がなけなしの力を振り絞り、右耳の玻璃のイヤリングを外し、氷蓮へ投げつける。

それは氷蓮の足元で落ち、ぱりんと音をたてると砂の様に細かい粒となり、きらきらと光りながら中に舞う。

「貴様っ……!」

氷蓮が忌ま忌ましく祥護を睨む。

「行けっ……! 今ならこいつは術が使えない! 早く……」

「余計なことを……!」

「少しだけど、この身体に残った記憶が教えてくれた。他にも……」

「黙れっ!」

氷蓮が烈火のごとく叫び、彩音達から意識がそれる。

そのチャンスを皓緋が見逃すはずがない。

「今だ、ヒオ!」

「了解!」

皓緋達の少し奥に控えていた陽織が術を発動する。

愛華達が時間を稼いでいる間、退却するための術を陽織が準備していたのだ。

「愛華! こっちへ来い!」

皓緋が愛華を呼ぶ。

「はい!」

「させるかっ!」

今まで防戦一方だった朔夜が一転して攻撃を開始する。

「あら、しつこい男は嫌われるわよ?」

激しい剣戟を受けながらも、愛華は余裕たっぷりだ。

「自惚れるな」

「でも朔夜、あなた私以外の人は好きになれないでしょ」

笑みながらも、その中には憐れみの表情も見える。

その言葉は朔夜の癇に障ったらしく、ギッ、と握っている剣先と同じ様に鋭い視線を愛華に向けた。その視線には怒りの色が溢れていた。

「自惚れもそこまでいけばたいしたもの、だっ!」

会話をしながら止めの一撃を放つが、愛華は難無くそれも術で無効化する。

「これだから剣士って駄目なのよね。効かないとわかっていても無駄な攻撃ばかり繰り返す」

「術士の自惚れはいつみても不快だ。術がなくなれば何もできない。体力がなくなれば死を待つしかない」

「私をそこらへんの術士と一緒にしてもらいたくないわね」

今度は愛華の方が怒りの視線を朔夜に向ける。

「事実だ」

「まぁ、一般的には確かにね。じゃあとっておきの術で終わりにしてあげるわっ!」

一気に愛華の気が大きくなり、朔夜が後ろへ下がる。

愛華が両手のひらを朔夜に向ける。

次々と呪陣が展開される。

全て展開された瞬間、五匹の龍が円陣から出現し、勢いよく朔夜を目指して行く。

朔夜はそれを正面で待ち構え、すべてを受け止め破壊していく。

破壊すると同時に無防備な愛華へ一瞬で距離を詰め、攻撃をする。

「終わりだ」

朔夜が剣ではなく鞘で愛華に止めをさそうとしたが、その攻撃は当たらなかった。

「残念」

「何っ?!」

愛華は無防備なふりをして朔夜を懐へ誘い込んだ。

そして朔夜の攻撃を受け流し、さらに左袖から短刀を出し、朔夜の左頬へ斬りつける。

朔夜は避けることができず、頬に紅い線が走る。

「その傷は私からの最後の贈り物。それは一生癒えることはないわ。嬉しいでしょう?」

くすりと笑い、朔夜からすぐに離れる。

朔夜もすぐにその場を離れ、氷蓮の近くに移動する。

「さようなら、朔夜」

愛華は皓緋の元へと去った。

「くだらん真似を」

そう言うと、つけられた傷を指でなぞる。

傷は割と深く、指先はべっとりと血に塗れた。

「愛華……」

聴こえないぐらいの小さな声で朔夜が呟く。

そしてもう一度、血が止まらない傷をなぞり、血に濡れた指先をゆっくりと舐める。

斬られた時を思い出しながら、愛しげに……。

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