六章 逢いたい人・四
「客人にもわかりやすいように最初から話すこととしよう。まずは俺達の関係から、かな。構わないな、氷蓮」
「好きにするといい」
氷蓮はそっけなく答える。
「ではまず事の起こり。この世――、氷蓮のいる世界と俺のいる世界は元々一つの世界だった。だがある理由のため、当時の王が二つに分けてしまった。それから長い年月、各々の世界でやってきたが、徐々に異変が起き出した。当たり前だな。本来なら分けるようものでないものを強引に分けたんだ。異変が起こらない方がおかしい。特にここ最近は、今までの歪みが一気に噴出したように激しい。だから俺はこの異変を収めるべく考え、調べた。結果、小手先の対応ではどうにもならない。故に、世界を元に戻すという結論に達した。色々と調べ、研究し、やっと世界を元に戻す術式を見つけたが、それを発動するには条件があった」
皓緋がちらりと視線を氷蓮に向ける。
「それはこの世界を分けた者の血を引くものでなければならない。俺もその血族ではあるが、術を使った本人の子孫ではない。この世界を分けた当時の王は静欒の世界に残った。すなわち氷蓮、お前の血筋だな。だが、その血をひいているだけではだめだ。術を発動する魔力や精神力と肉体。これがなければ出来ない。これをクリアするものは二人いた。氷蓮と歌蓮だ」
「…………」
「とはいえ、氷蓮がこの計画に賛同するはずなどありえないので、もう一人の候補者に接触してみた」
「歌蓮様……」
愛華が呟く。
皓緋がにやりと笑う。
「そう、歌蓮だ。歌蓮は『おもしろそうだ』と言って進んで協力してくれた。そしてその協力の一つが氷月だ」
皓緋がちらりと氷月に視線を向ける。
「歌蓮に術式を見せたところ、自分一人ではこの術は制御できないと言った。もちろん俺がサポートするつもりだったので心配はないと言ったのだが、それでも駄目だと言った。結果だけで言えば、俺と歌蓮で術を発動させることは出来ても制御は無理。だが、この術を成功させることが出来る者なら心当たりがあると歌蓮は言った。それがお前だ、氷月」
「私……ですか?」
氷月は皓緋を見上げた。
「そう。この術はバランスが重要。歌蓮のように陰に偏り過ぎても、俺のように陽に偏り過ぎても駄目だ。なら、最初から陰陽のバランスがいい者が使えばいい。そのために、歌蓮はお前を産んだんだ」
「……!」
氷月は驚きのあまり言葉が出なかった。
氷月は親の愛情というものを感じないまま育った。祖母に育てられ、物質的には何不自由なく育ち、祖母にもそれなりに手をかけて育てられたが、やはり母親には会いたかったし、父親が誰かも知りたかった。
そして今、実の父親らしい者に出会ったが、想像した様ないいものではなかった。
自分は望まれて産まれてきたが、道具としてしか必要ない――。
そういう風にしか思われていなかったようだからだ。
だが皓緋は、そんな娘を気にもかけずに話しを続ける。
「ですがそれは、確実な方法とは言えないのでは?」
愛華が話しに混じる。
「確かにな。だからこれは俺達にとっても賭けだった」
「それで? お前は賭けに勝ったとでも言う気か?」
氷蓮が皓緋に視線を向ける。
にやりと笑って皓緋は「ああ」と応えた。わざとらしく、大きく腕も広げてみせる。
「氷月は申し分ない娘だ。そして歌蓮には感謝している。俺の娘、氷月を産んでくれたことにな!」
皓緋はこの上なく嬉しそうな表情を浮かべ、氷月に近づきその手を取る。
「お前の名前の『ひ』は俺の名前からとったものだ。だから本来は『緋月』と書くんだ」
氷月は皓緋を仰ぎ見る。
「そう、なの……?」
「ああ。迎えに来るのが遅くなってすまなかったな」
皓緋は握った手を引き、自分の腕の中に氷月を引き寄せ、頭を優しく撫でる。
氷月は身体が固まったように動けなかった。
やはり、この人がずっと想像の中でしか会えなかった父親のようだ。今、自分は父親かも知れない人に抱きしめられている。小さい頃からずっと欲しかった父親の温もり……。どう反応すればいいのか分からないが、とりあえず皓緋を仰ぎ見る。父親に会えたら言ってみたかった言葉を声に出す。
「と……う」
だがその願いは叶わなかった。氷蓮が氷月の言葉を遮った。
「お前の言葉だけで氷月の父親だと信じられる訳はないし、断じて有り得ない」
氷蓮が言い切る。
「では、お前は緋月の父親が他にいて、それが誰か知っているのか?」
氷蓮が少し間をおいて答える。
「……ああ。知っている。だがその前に……!」
氷蓮が前に踏み出し、皓緋の腕の中にいる氷月の腕を掴み、強引に引きずり出した。
「痛っ!」
「!」
氷蓮はそのまま氷月を引き寄せ、自分の腕の中に収めた。
「氷蓮!」
皓緋が忌々しげに氷蓮の名を吐き棄てる。
油断した。
氷月が影になって氷蓮の動きに対処するのが一瞬遅れた。
「離して、氷蓮!」
氷月が氷蓮の腕の中からでようともがく。
だが氷蓮は氷月が逃げられないよう、さらにぎゅっと強く抱きしめた。
「何故逃げようとする? お前は会いたいのだろう、父親に」
「そうよ! 私は父様に会いたい。会って、話しをしたりしたいの! 邪魔をしないで、氷蓮!」
「そうか。それならばもう叶っている。会い、話し、そして抱きしめている」
「え……?」
氷月は背中に冷水を浴びたように、すうっと温度が下がった気がした。背中は、氷蓮の身体が密着しているので温かいはずなのに、身体の冷えが止まらない。
氷蓮は今何と言った? 抱きしめ『た』ではなく、抱きしめて『いる』と。
氷月はその言葉の意味を訊くべく、ぎこちなく、ゆっくりと、後に首を向け、氷蓮の顔を仰ぎ見る。
「氷蓮、それは……」
「お前の予想は間違っていない」
「私が、お前の父親だ」
その言葉を聞いた瞬間、氷月の全身の血が冷え切り、凍えてしまったのではないかと思うほど顔から血の気が失せ、表情もあまりにもの衝撃と動揺で固まっていた。




