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五章 偽り・二

王宮内。

彩音は最初に案内された部屋とは別の部屋にいた。

ここは神殿の近くに位置する部屋。

三日後に控えた儀式の準備のため、この部屋に移動することになったのだ。

まず、潔斎を行うということでそのために必要な準備を調えているのだが……。

「陛下、そのようなことは私が行いますので、どうかお部屋でお待ち下さい」

彩音の支度を手伝うために祭司の女性が一人遣わされたが、その女性は手伝う所かおろおろとしてとても困っていた。

何故なら、その女性の仕事を黒曜が全て奪ってしまったからだ。

潔斎の手順や衣装の事などの説明を聞いていたとき、彩音の様子を見に来たと言って何の前触れもなく黒曜が部屋へ入って来た。

そして彩音と会話をしつつ、祭司の仕事を見事に奪ってしまったのだ。

祭司の方とすれば、皇帝陛下の手を煩わせることなどあってはいけない。

たとえ、本人に奪われたとしても。

彩音はしばらく傍観していたが、祭司の女性があまりにもいたたまれないので、助け舟を出すことにした。

「陛下、私なら大丈夫です。心配しないで自分の仕事をして下さい。お忙しい中、来て下さってありがとうございました」

そう言って頭を下げつつ、目で黒曜に早く部屋を出ていけと訴える。

だが黒曜にはそんな彩音の気持ちは通じていないようで、引く気配はみえない。

「よい。お前が気にするような事ではない、彩音。今回の儀式はとても重要なもの。儀式を執り行う私自ら確認しておきたいのだ」

黒曜はどうあってもこの場から引く気はないようだ。

彩音ははぁと軽く溜息をつくと、発想を変える事にし、祭司の方に声をかけた。

「あの」

祭司は途方にくれていたときに声をかけられたので、少し反応が遅れて彩音を見た。

そして話しかけられたことに気づいて、急いで返事をする。

「はい、何でしょうか」

「愛華はあとどれぐらいでここに来てくれるのですか?」

「愛華様ですか」

「そう。用事があるから、済ませてからここに来ると言ってたんだけど、まだ来ないから」

「申し訳ございません。私は特に聞いておりません」

「そうですか。じゃあ申し訳ないけど、愛華を捜して連れて来てもらえませんか?」

「ですが……」

この祭司は、その愛華に彩音の支度を手伝うよう言い付けられたのだ。勝手にここを離れる訳にはいかない。だが、このままここにいても陛下に仕事を奪われたままで……、と考えた時にはっとした。彩音の気遣いに気づいたのだ。

「畏まりました」

祭司は彩音に頭を下げた後、黒曜に退室の旨を伝えると、逃げるように部屋を後にした。

彩音は椅子から立ち上がり、祭司が部屋を出ていったのを確認し、また椅子に座る。

準備が一段落したのか、向かい側の椅子に座った黒曜に言う。

「黒曜、だめじゃない。あの人の仕事をとっちゃ」

「えー。何、彩音は僕が手伝うのが気に入らないの?」

さっきとはうって変わって素の話し方に戻り、拗ねて、不満そうに返す。

彩音は額に手をあて、はぁ、とまた溜息をついた。

「あのねぇ、私の支度はあの人の仕事だったのだから邪魔しちゃだめでしょう。しかも皇帝陛下直々にとられちゃったんだからいろいろ困るでしょ?」

「何で? あんなのどうでもいいよ。僕の彩音の世話をしようなんて図々しい。それとも何、彩音は僕よりあの女に世話してもらいたかったの?」

黒曜の機嫌が一気に悪くなる。

彩音は唖然とした。

(これは駄目だ……。まるで子供を相手にしているようだ……)

外見は見目麗しい成人男子なのに、黒曜と話していると小さな子供と話している気になる。

(この話題のままだと、機嫌が悪くなる一方な気がする……)

そう感じた彩音は別の話題を振ってみることにした。気になることの一つでもある。

「ねぇ、黒曜」

「何」

むすっとしながら、自分の髪の毛を弄って彩音の方を向かずに返事をする。あからさまに機嫌の悪さ全開だ。

「氷蓮って、何歳なの?」

黒曜は弄っていた髪の毛から手を放し、きょとんとした表情で彩音に顔を向けた。

「氷月さんがこの世界からいなくなったのが、十八だったよね? 氷蓮は氷月さんの叔父さんで。ということは、それなりに歳が離れていると思うんだけど。どうみても二十代後半、もしくは三十代前半……ぐらいにしか見えないんだけど……」

それっておかしくはない? と、言葉には出さないがそういう視線で黒曜の目を見る。

「ああ。王族は普通の人とは寿命が違うんだ。王族は大体、二百~五百歳ぐらいまでは生きるよ」

「えっ!? 五百!?」

彩音は驚きで次の言葉が出て来なかった。

黒曜はそのまま話しを続ける。

「そう。何でそこまで、とか言われても僕もわからないから、そこら辺は陛下に訊いて。そういう訳だから、外見もそうそう変わらない。確か、成長速度も個人差があるとか言ってたね」

「じゃあ氷蓮って、今いったい何歳……なの?」

彩音が真剣な表情で黒曜の言葉を待つ。

それをみた黒曜は椅子から立ち、彩音にくるっと背を向けて「さ~あ、何歳だろうね~?」と少しだけ彩音の方に首を向けるとにやっと笑った。

それはまさにいたずらを楽しむ子供の表情そのものだった。

彩音もその表情にかちんと来たのか、椅子から立ち上がり黒曜の正面に回り込む。

「けち! 教えてよ!」

黒曜はまた彩音に背を向け、首を少しだけ後ろに傾けて「さー、どうしようかな。だって、彩音は僕のこと、ここから追い出したいんでしょ? だったらもう、こんな無駄話していないで出て行った方がいいのかなーと思ってさ」

彩音は気付いた。

これはさっきの仕返しだ。祭司のために黒曜を部屋から追い出そうとしたことへの。

(この男は……!)

となれば、ここは謝って機嫌を取るしかないが、あきらかに黒曜が悪い行動に対して自分が謝るのはおかしいが、氷蓮の年齢もかなり気になる。

どうしようかとお互い相手の出方を探りながらくるくる回っている所へ愛華がやって来た。

二人の行動を見た愛華が呆れた溜息をついた。

「お二人とも、何をされているのですか?」

「げ。愛華」

「愛華!」

いたずらの現場を押さえられ、しまったという表情の黒曜。

嬉しそうに愛華の側に駆け寄る彩音。

とても対照的な図だ。

愛華は寄ってきた彩音にはにこりと微笑み、黒曜には厳しい表情を向ける。

「彼女から話は聞きました。黒曜、あなたはまったく……」

愛華からお説教をされる雰囲気を敏感に察知すると「じゃああとは任せたよ、愛華。彩音もまたね」と言って、するりと二人の横をすり抜けて部屋を出て行った。

「待ちなさい、黒曜!」

愛華は横をすり抜ける黒曜を捕まえようとしたが、器用に愛華の手をかわして逃げて行った。

愛華もそれ以上は追おうとはしなかった。

「はぁ……。本当に逃げ足は速いんだから。愛砂の苦労もわかるわね」

ふ、と一呼吸置くと、すぐに気持ちを切り替え彩音に向かって詫びた。

「彩音様のお手を煩わせて申し訳ございません。あらためて、私が儀式や潔斎についてご説明いたしますので」

さ、こちらへと先程まで座っていた椅子へ座るように促す。

彩音は椅子へと戻り、座る。

「でもその前にお茶をご用意しますわね。黒曜と遊んで喉も渇いていませんか?」

愛華はくすっと笑うと茶の支度を始めた。

「そういえば、ちょっと渇いているかも」

そして黒曜の名を聞いて、先程までのやりとりを思い出す。

「そうだ、愛華、聞いてよ! 黒曜ってば……」と、黒曜に対しての文句を言い始めた。

「はい。ゆっくり聞かせて下さいね」

愛華は可愛い妹の愚痴を聞く姉の表情で、楽しそうに彩音の話を聞きながら茶の支度を続けた。

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