四章 氷月の思惑
氷月はあてがわれた部屋へと戻るべく、回廊を歩いていた。
だがその足は震え、壁に手をつきながら、遅々と歩むものだった。
(何故氷蓮に見つかってしまったの!?)
氷蓮の部屋を退室した氷月はとても動揺していた。
絶対に見つかるはずなどないと思っていた。
この静欒とは何の縁もない、無数にあるであろう中の一つの世界。
たとえば、広く深い海に沈んだ小石を見つけ出せというようなもの。
それも似たような物がたくさんある中、間違えずにそれを見つけ出せというのは不可能に等しい。
氷蓮の執念、執着がどれ程強いのかということをあらためて知った。
恐ろしいと思うと同時にこの上もなく嬉しかった。
大好きな氷蓮がどこにいるかわからない自分を見つけてくれた。
どんな言葉でも表しきれない程、嬉しい。
だから氷月は彩音の意識を押し退け出て来た。そして思い出す。
氷蓮という人を――。
ぞくりとして、思わず両腕で自分の身体を抱きしめる。
(喜んで浮かれている場合じゃない)
氷月は歩を止め、壁に寄りかかり、回廊から見える月を見て頭を冷やす。
(これでは何のためにあの時泉に、狭間に身を投げたのか。意味が無くなってしまう)
俯き、きゅっと唇を噛む。
氷蓮は氷月が隠し事をしていることを見抜いている。
氷月が話した事は嘘ではないが、全てではない。
(そもそも、氷蓮に隠し事をする事自体が無理なこと……)
それは氷月自身もよくわかっていた。
氷蓮はずっと氷月を見守って来たのだ。本人すら自覚していない癖や行動も指摘され、その度に氷蓮を尊敬したものだ。
(でももう、私もあの時の私ではない)
あの日、十八の誕生日に、氷蓮と決別した日にそれまでの自分を捨てたのだ。
(氷蓮はきっと……、いいえ、絶対に私を逃がさない。でも、このまま捕まるわけにはいかない)
氷月はそっと自分の胸に手をあてた。
(私はどうなっても構わない。けれどもこの子――、彩音は守らなければ。それが、私達の事情へ巻き込んでしまったことへの償い)
だけれども、氷蓮を見ると心が揺れる。
またあの腕の中で、甘えてしまいたい、抱きしめて欲しい……と。
(駄目! 何を気の弱い事を考えているの!?)
氷月は想いを断ち切るように頭を振り、顔を上げた。
まずはどうすれば彩音を守れるのか。最善の方法を考えなければ。
思考した事で落ち着いたのか、足の震えもおさまったので、氷月は歩を早め部屋への道を急いだ。