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二章 痕跡

彩音が異世界で目覚めた頃。

残された祥護は、姉の消えてしまったアスファルトを呆然として見ていた。

「彩音……」

力のない声で消えた姉の名を呟いた。

今、自分に起ったことはいったい何だったのだろうか?

姉が消えた。

アスファルトに呑み込まれて。

嘘だと信じたかった。

人が消えた。しかも非現実的な方法で。

だが、嘘でもなければ夢でもない。

自分の身体についた傷の痛みが現実だと認識させる。

「くそっ……! 何処に行ったんだよ、彩音!」

祥護が跪き、両の拳をアスファルトに叩き付けた。

拳は傷付き、さらに血が滲む。

あんな目の前にいながら助ける事が出来なかった自分に腹が立つ。

非力さに情けなくなる。

たった一人の大事な姉を。

自分の半身を。

うるさくて、我が儘だったところもあるけれど、彩音がいたから今まで生きてこれた。

大袈裟かもしれないが本当の事だ。

いつもそばにいない両親には頼る事が出来ず、互いが心の拠り所だった。

母親のお腹の中にいるときから二人で助け合って生まれてきたのかも知れないと思う程、互いを大事に思いあって生きて来た。

嬉しい時や苦しい時、自分に何かあったとき、そんなときは必ず彩音が助けてくれたり、一緒にいてくれた。

その彩音が一瞬で消えた。

どうすればいい?

何処を探せば、何処に行けば彩音はみつかる?

祥護の頭の中は、パニックに陥りどうすればいいのかわからなくなっていた。

その思考の中で一つ思いついたのは、この事を誰かに知らせる事だった。

そうと決まれば祥護は両親に知らせるべく、急いで家へと向かった。

祥護は荒々しく玄関のドアを開けると、靴を脱ぐのももどかしく親の元へと行った。

丁度母親が風呂上がりらしく、キッチンでビールを美味そうに飲んでいた。

「母さん!」

身体のあちこちに傷をつけ、血相を変えた息子が転がり込んできた。

「やっ……だ、祥護、あんたどうしたのよその傷!」

由加は驚きのあまり持っていたビールを落としそうになった。

いきなり傷だらけの息子が目の前に転がり込んできたら誰でも一瞬頭が空白になる。

急いでビールをテーブルに置き、祥護のそばへ行き傷の具合をみる。

「あんた何してきたのよ、もう……! ああ、でもそんなに深い傷じゃないみたいね。とりあえず消毒しなくちゃ」

命に別状のない怪我だとわかり、ほっと安堵すると棚の奥にしまわれていた救急箱を取り出し、中から消毒液と脱脂綿を取り出した。

「ほら、こっちに腕出して」

由加が消毒液を脱脂綿にしみ込ませながら祥護に言った。

だが祥護は椅子に座る母親の両肩を強く掴み、喉の奥から声を絞り出すように言葉を吐いた。

「彩音が、彩音がいなくなった……!」

「え……?」

由加が首を傾げた。

「あんた、頭も打ったの?」

自分の両肩を掴み、項垂れたままの息子をみて由加は言った。

「は……?」

今度は祥護が驚きの表情で母親をみた。

「何言ってんだよ、娘の彩音だよ! 俺と双子の! 母さんこそ大丈夫かよ!?」

祥護がきょとんとしている母親を揺すった。

由加が消毒液と脱脂綿をテーブルの上に置き、空いた両手で祥護の頬をはさんだ。

「ちょっと、本当にあんた大丈夫?」

「大丈夫に決まってるだろ! 母さんこそ大丈夫なのかよ、自分の娘の事忘れるなんてよ!」

母親の肩から手を離し、自分の頬をはさんでる母親の手をどけた。

「冗談言ってるヒマなんてないんだ! ああ、もういい、一緒に来てくれよ!」

言うと、座っている母親の腕を取って彩音の消えた場所へ連れて行こうとしたが、母親は息子の手を振り払った。

「母さん!」

「ちょっと、あんたいい加減にしなさい! いきなり傷だらけで帰ってきて心配させて、その上何訳のわからない事を言って。私が産んだ子は祥護、あんた一人よ!」

「そんな冗談聞いてる場合じゃないんだ! いいから早く……!」

乾いた音が響く。由加を掴もうとした祥護の右手を叩いたのだ。

祥護は呆然として由加をみた。

「いい加減にして! もう勝手にしなさい!」

由加はテーブルに置いたビールの残りを一気に飲み干すと、空になった缶を掴んでぐしゃりと潰し、それを思いきりごみ箱に叩き捨ててからキッチンを出て行った。

「つっ……!」

祥護は顔をしかめた。

缶を握り潰した時に飛び散ったビールが傷を直撃したことと、叩き捨てた時に出た音が大きかったからだ。

が、その痛みと音が祥護を我にかえらせた。

「一体……?」

祥護は混乱した。

母さんは何を言っていた? 彩音のことを知らない、自分の子供は俺一人だと。

訳が解らないことばかりだが、彩音を知らないと言ったことはさらに理解できない。

そんなに仲の良い親子関係ではなかったが、悪くもなかった。むしろ母さんの方が彩音を頼りにしていた。

だから、自分の娘を知らないなどという必要がどこにあるのだろうか。

まさか、本当に……?

祥護は背中がぞくりとしたのを感じた。

そんなことはあるはずがないと信じたかった。けれども今、信じられないことが自分の目の前で起こった。

彩音が目の前で消えた。

非現実的なことが実際に起ったのだ。そう考えるといてもたってもいられなくなった。

祥護はイスから立ち上がり、まず玄関へと向かった。彩音の靴があるはずだ。

だがそこには父、母、祥護の靴しかない。下駄箱を開けても中にはやはり三人分の靴しかなかった。

「くそっ!」

ガンッ!と下駄箱に蹴りをいれると今度は急いで二階の彩音の部屋へと向かい、勢いよく彩音の部屋のドアを開けた。

「………」

祥護はまたも呆然とするしかなかった。そこには彩音のものは何一つなかった。

ただの物置部屋。

部屋には使わない物が置かれているだけ。彩音のいた痕跡は何もなかった。

母親が言ったように最初から彩音はいない、それを証明しているようだった。

「何で……」

言葉が出ない。

何故、彩音が消えただけでなく彩音の存在まで消えてしまったのか。

それとも最初から彩音という人間は存在しなかったのだろうか?

腹の底から身体が冷えてきた。冷えが身体中を支配しない様に、自分の身体を抱いた。

「痛っ……」

怪我をしていることを忘れ、傷口に思いきり触れてしまった。

「痛え……。やっぱり夢でもない、彩音はちゃんと存在していた。この痛みが……、傷が何よりの証拠」

祥護はしばらく怪我をした身体を見つめた。

「一体、何がどうなっているんだ? 一体何処に行ったんだよ、彩音……」

呟き、力なくその場にしゃがみこんだ。

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