夜の女王様、出撃
文官の公用車に乗るのは初めてではなかった。
だが、春夜祭で謡われる花の女神のような女性を目の前に便乗するのは初めてだった。
「聞いていなかったの? 今夜は春夜会に行くのよ。タキシードぐらい用意してなさい」
女神は殊更、私の姿を見やってご機嫌ナナメだった。私はいつものグレーの制服姿である。あいにくとそれ以外は普段着ぐらいしか宿直室にない。姫君は、というと、夜会のフォーマルスタイルであるイブニングドレスを身にまとっている。光沢のある黒のドレスは大胆なほど背中がぱっくりと開いていて、親指ほどもありそうな精緻にカットされた宝石が散らされている。ブロンドの髪を結い上げたその姿は、花の女神というより妖艶な夜の女王を思わせた。
「あの、私がなぜ、パセリーニ伯とともに春夜会に赴かなくてはならないのですか?」
数日前に顔を見せたマルセーリ卿主催の春夜会に招待されたのは、パセリーニ伯一人のはずだ。それに、私のような貧乏貴族が招待される会でもない。
「何を言ってるの?」
彼女は意外な言葉を聞いたとでも言うように少し目を丸くした。
「従者が主人に付き従うのは当然でしょう。知らない? 従者は主人と一心同体なの」
私は執務室の管理人であって、彼女個人の従者ではない。
「私の雇用主はあくまでもフランチェスカですので」
「つべこべウルサイわね。ちゃんとエスコートしてよ」
姫君は高く足を組む。
この際どうでも良いことだが、この公用車、普通の車よりも二倍は広い。何せ後部座席が向かい合わせになっているのだ。たとえ、彼女が長い足を跳ね上げたとしても、私に当たらないほどの広さがある。
「それよりも、犯人を捕まえるとはどういう……?」
私は夜会をどうやり過ごすかを考えながら、パセリーニ伯の表情を伺った。彼女は余裕に満ちた様子で、紅唇の端をあげて見せる。
「言葉通りよ。見てなさい。徹底的に追いつめて、犯人をいぶりだしてあげるわ」
犯人も気の毒なことである。
ジラルド大尉が、貴族が犯人かもしれないという推理を私はぼんやりと思い出していた。
そうであるならば、私の手に負える問題ではなくなってくる。
ここはフランチェスカの戦姫にお任せするしかないのだろうか。
私は浮かんでくる不安を胸に、薄笑いする三日月を見上げた。




