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姫君の日常  作者: ふとん
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春風は疑惑と共に

 議会城、フランチェスカの周囲には堅牢な外壁と三つの堀がある。それぞれ、跳ね橋が設置してあり、入り口は分厚い門で区切られている。北国首都のル・ノールの約四分の一を占める広大な土地にこの巨大な建造物がある。先代城主である王は、敵の浸入に備えてあらゆる場所に防御壁を施したが、彼の敵は外からではなく、内からやってきた。

 度重なる貴族や民衆からの圧力に負けて、王は政治を放り出して城を議会に明け渡してしまったのである。

 百年以上昔の話を私はぼんやりと思い、現実に立ち返る。

 私は今、議会城の地下に居る。

 普段、こんな場所に足を運ぶことはないのだが、私の勤め先である執務室付き宿直室が何者か爆破されたので、証拠品の分析結果と残された手紙の鑑定結果を尋ねに来たのである。

 フランチェスカは地上二十層、地下三層から成り、地下にはフランチェスカ専門の事件を取り扱う治安機関が設けてある。地上には何があるのかというと、議会城の名の通り、大中小の議場があり、他は議員達の執務室が並んでいる。

 私が執務室付きを就任してから、地下へと入るのは三回目だ。私の管理する部屋の主は、天性といってもいいほどのトラブルを招く体質なのだ。

 フランチェスカの華とも呼ばれる盲目の姫君は、その美しい容姿からは想像もできないほど敵が多い。美しい故、と綺麗事を言えばその通りなのかもしれないが、一ヶ月に一事件という割合はどう考えても多いのである。私がこの三ヶ月で経験した事件は、届いた封筒にカミソリが入っていたというような生易しいものではなく、誘拐、暗殺に脅迫、といった凶悪なものばかりだ。

 それらに加わり、宿直室の爆破である。こういった事故や事件が起こるにも関わらず、彼女には何一つ厄災は届かない。被害はいつも彼女の周りだ。彼女の周辺には磁気嵐でも吹き荒れているのではないかと疑いたくなる。


「ホラよ。結果だ」


 鑑識課の顔なじみとなってしまった中年の男の顔が、少しひきつっていた。私は彼から紙束を受け取りつつ、理由に思い至る。

 私のちょうど後ろ側にある、鑑識課前に備え付けられた長椅子にゆったりと腰掛けている女性がいる。小作りでありながら完璧に整えられた容貌、紫水晶の瞳、上質の絹糸のようなブロンドの長い髪を背中に流して居座る姿は、たとえ紺色の長スカートスーツであっても花の女神と見まごうばかりだ。フランチェスカの姫と謳われるヴァレリアル・センテ・パセリーニ・アルマナである。彼女は、地下室を行き来する人々の羨望や嫉妬の眼差しを独り占めにして、うす紅色に磨かれた貝殻のような爪を手入れしている。


「……何か、分かったんですか? ジラルド大尉」


 私は努めて人々の注目を集めないように、声をひそめて鑑識課の男に尋ねる。ジラルド大尉は私の後ろを少し伺ってから、小さく口を開いた。


「とりあえず、報告みてもらえればいいが……一見、ちょっとしたプロの仕業に見える」


 大尉は鑑識課前の壁にもたれて、懐から煙草を取り出しかけた。が、私の後ろにいる人物に気を使ってか、すぐに納めた。フランチェスカの姫はなんと言っても、文官だ。それに、彼は以前、戦姫の事件に関わり、大怪我を被ったことがある。


「というと、大尉の考えは違うのですか?」


 私が問うと、彼は少しニヤリと笑う。


「そう。一見、プロの手口なんだがな。どうも手筈が素人臭い。手紙のタイプライターも、最新式の型だった。プロは判別できないように、一般に大量流出している型を選ぶんだ」


 犯人は相当の金持ちか。その道楽息子か。私は思案しつつ、一礼した。


「ありがとうございました」


「ああ」


 大尉は曖昧にうなずいてから再び私の後ろを一瞥し、声を殊更低くした。


「……気をつけろ。犯人は、貴族の可能性がある」

 


 

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