好々爺の心配
脅迫文が出されて一週間、事態が収束して五日。
異例の速さで解決されていくのは、この姫の尽力が大きなところだろう。
何せ、彼女が真の主謀者なのだから。
しかし、それだけではない。
「貴方も人が悪い。このような老人に、まだ骨を折らせようというのですか?」
「憎まれ口を叩けるうちは、働けますわ。ウォルタ卿」
彼女の、パセリーニ伯の天分と、カリスマ性によるところも大きい。
大理石から神が悪戯に掘り出したような姿である。精緻で繊細な金糸の女神は、最高のカット施された紫水晶の瞳を細めて妖しく微笑む。だが、惜しむらくは、彼女の瞳には光が映らないことだろうか。盲目に生まれたことが、彼女をより儚く見せているのは、彼女にとっての不幸か、世の人々にとっての不幸か。
「失礼いたします」
執務室の隣にある宿直室から顔を出したのは、長身の青年である。二十代も後半だろうが、きちんと切り揃えた髪と規則正しく整えられた制服が彼を実年齢よりも幼く見せている。
「やぁ。久しぶりだね。ペンファー大尉」
挨拶すると彼は少し笑んだ。深い色合いの碧眼が見る人を穏やかにする。ともすれば、冷たくも見える色だというのに、彼の人柄からか、不思議と人を安心させるようだ。
「お元気そうですね。ウォルタ卿」
低くもなく高くもない、やはり暖かな声である。本人は、少し皮肉屋だが、人柄の良さから誰からも信頼を置かれている。
おそらく、この姫も。
「来客だったようね?」
「え、ええ」
姫の鋭い質問に、大尉は少し取り繕うように言葉を濁す。来客が誰だったかは、言わない方が良いだろう。無論、問い詰められれば、彼は白状するしかないのだろうが、
「ウォルタ卿は、文官の会議に慣れましたか?」
つじつま合わせのようにこちらに水を向ける。姫も追求をしないところをみると、大方の検討はついているようだ。
「まだまだ。年をとっているとはいえ、新米議員だからねぇ」
一週間前の脱獄から、姫がどのような取引をしたのかわからないが、永久囚人から一転して、文官となった。この年になってこれほどの転機が訪れるとは、人生はわからないものだ。
「微力ながら応援させていただきます」
大尉は人柄を表すように笑顔を作った。昨今、稀に見る筋の通った良い青年である。女性も仕事も、引く手なら数多あるだろうに。
姫もまったく、大変なことだ。