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姫君の日常  作者: ふとん
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この命尽きるまで

 トラブルには前触れがない、とよく言うが、やはり前兆はあるようだ。

 ただ、彼のノックに快くドアを開けてしまう人間が愚かなのである。


「突然すまないね」


と、慇懃に挨拶までしてくれるのだから始末に悪いことこの上ない。

 私はただ、トラブル様にカラ笑顔で応じるしか術がない。

 執務室付きも戻ることができて、五日目である。

 私の拘留も、脱獄も、誘拐も、数日前の大事件に掻き消えてしまったのだ。

 議会城に送られた脅迫文。内容は貴族の根幹を揺るがすものだった。

王家の血筋が未だに議会で生きていることを世間に公表するというのだ。そして、メディアにそれは載せられた。議会も武官も文官も、上へ下への大騒ぎ。ついには王家の血筋を探すようなことまで起きた。事件を収束させるために議会は終日会議続きで、人手不足も重なり、私は執務室付きに戻ることになった。元々、罪状はあってないようなものだったのだ。しばらくは郊外に家でも借りて暮らす用意をしていたが、監禁からわずか一週間で私はすっかり内装も補修された宿直室に戻ることとなった。

私は自分で座ることに抵抗を覚えていた、貰い物の議員椅子を勧めた。


「ああ、ありがとう」


 この御仁が座るために用意していたのではないかと思えるほど、椅子の豪奢な装飾が真価を発揮するように映えた。

 ヴァレリアル・ブラガ・コンソット・ディヴィアス。

 事実上、この議会城を動かしている十貴族のうち、もっとも権力を握っている公爵である。そして、


「パセリーニ伯をお呼びいたします」


「いや。やめておこう。アレには真面目に仕事をしてもらわなければならないからね」


 パセリーニ伯のお父上である。

 本来なら、私がこうして会えるような人物ではない。


「ペンファー・ロッソン卿。今日は君に会いに来たのだよ」


 私は、いつもパセリーニ伯といる時と同じようにヴァレリアル閣下が座る椅子の傍らに立ったまま、面食らった。

 念を押すようだが、私は、土地を持っているだけの土地貧乏貴族で、議員でもない、ただの治安課、執務室付きである。


「君のお兄さんたちはとても優秀だが、君も劣らず優秀なようだね。うちのワガママ娘によく付き合ってくれている」


 パセリーニ伯をワガママ娘と一括りにしてしまって良いのだろうか。


「まさか、テロの真似事までしでかすとは思わなかったがね」


「………………」


 テロの主謀者としてマルセーリ卿は捕えられた。しかし、彼はすでに自失しており、刑務所の精神科病棟で治療を受けている。


「まぁ、自分で蒔いた種だ。アレもよく事態を収束させている」


 マスコミが議会城に押しかけてこないのは、大半がこのヴァレリアル閣下の手中に収まってしまっているからだ。ヴァレリアル家にとって、王家狩りはあってはならないことなのだ。彼の一族は、王家の血を引いている。


「君にはわかると思うが」


 前置いて、閣下は私に目をあわせた。パセリーニ伯と同じ、だが確かに光をとらえる、冴えた紫の目である。白髪混じりの壮年にしては鋭い眼光が、目のあった者を射抜くようだ。


「アレは優秀だ。視力の有る無しに関わらず、アレを超えられる者はそうはいない」


 議会に入って二年。盲目の姫君は伯爵の地位まで手に入れた、議会始まって以来の才女である。


「私は、アレに家督を継がせるつもりでいる」


 ゆくゆくはヴァレルアル家の当主に。

 本当に、伯は女王となる可能性があるのだ。しかし、


「……なぜ、そのようなことを私に?」


 大貴族となれば、家の内情を易々と他人に漏らすものではない。


「君は、アレの味方のようだからね」


 閣下はパセリーニ伯と同じような、企みを含んだ笑みを浮かべる。


「味方、ですか?」


 確かに私はパセリーニ伯の執務室付きで、職務はまっとうするつもりでいるが。


「悩めるときも、病めるときも、共にあってくれると良いね」


 まるで結婚式でお決まりの神父の台詞である。

 だが、せめて任期が切れるまでは、


「心得ております」


 自分に降りかかる火の粉を払いながら、姫の行く末を見守ることはできるだろう。



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