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姫君の日常  作者: ふとん
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走馬灯回顧録

 その時、何人の同僚が埃を食べたのだろうか。

 一人の少女が高級車で治安課の本部に乗りつけた時、それは史上から消えて久しい姫君が舞い降りたかのようだった。そして、彼女の道行きには赤絨毯が敷かれているかの如く、魔法のように人々は道を譲った。

 その少女は、まだ十代という若さながら圧倒的だった。白磁の肌は艶やかな真珠のようでもあり、細面の紅顔は花のようであり、華奢な体は儚げだった。惜しむらくは、紫水晶を綿密にカットしたような輝きを持つ彼女の瞳には見る力が備わっていなかったことだろうか。少女は生まれた時から暗闇で育ったため、その麗しい瞳に我々愚鈍な民を映してはくれなかった。

 少女は、ヴァレリアル・センテ・パセリーニ・アルマナと名乗った。

 しかし、この大変な美少女を前に、私は調書を取りながら、内心辟易としていた。

 治安課治安部は一般の事件、主に殺人や強盗などといった凶悪犯罪を取り扱う部署である。市民、貴族問わず来客はあるのだが、貴族の場合、大抵は自身の家で解決を試みるため、面倒なことになっていることが多いのだ。

 治安課には入りたてではあるが貴族出身の私は、治安部の中でも珍重されていた。貴族の事件を担当させるのに丁度よかったようだ。そもそも、貴族が治安課に入ったこと自体、三十年ぶりのことだったと、あとで先輩から聞かされた。

 そんな事情と、連日の雑用や書類整理で二日も寮に帰れない日々が続いていたこともあって、小奇麗な貴族のお嬢様はとんでもなく厄介なお客様だったのである。それでなくとも、彼女と共にやってきた事件が、毎日のようにある雑用的な事件から考えると非常に物騒なものだった。

 暗殺。

 お嬢様曰く。白昼堂々、斬りかかられたり、車を爆破されたりするので、むやみに盲導犬を連れて庭を散歩もできない、ということだった。

 ヴァレリアル家といえば、名門中の名門である。長い歴史は妬みも嫉みもさぞ多く抱え込んできたことだろう。内密に片付けようとしたらしく、既に主犯格はわかっているという。


「犯人は母ですの」


「………………」


 今まで調書を取ることに必死だった私がようやく顔を上げたのを確認するように、世間知らずを形にしたようなお嬢様は花も恥らうような笑みを向けてくれた。


「母、といっても三人目の腹違いの兄のお母上なのですけれど。父上の一人目のご愛妾ですわ。二人目の愛妾であった私の母とはとてもご懇意にさせていただいておりました」


「―――……ええと…ご懇意の…」


 父親の愛人一号さんをどう呼んで良いものなのか。

 私はとてもくだらない事でとても疲れていた目の上を押さえた。


「ええ。とてもご懇意にしていただきましたわ。母は五回も毒殺されそうになりましたし、私も階段から一度突き飛ばされたことがございます」


「……ああ……そのご懇意………」


 若い私は深い深い溜息をついた事を、今でもはっきりと覚えている。




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