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姫君の日常  作者: ふとん
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しんそうの姫

 北国の主都はル・ノールと呼ばれている。

 西に万年雪を頂くユエリア山脈。東にヴォール海に挟まれた北国では肥沃といっても良い土地である。都を幾筋もの川が縦断し、郊外は農耕が盛んである。

 その郊外の一角にフランチェスカの姫の実家はある。一角と一口に言っても、ヴァレリアル公爵家は王政時代からこの土地に住む大地主で、その土地面積は一国一城を建てても充分なほど広大である。

 王政時代は、土地の広さがそのまま権力に繋がっていたから、ヴァレリアル家の権勢の巨大さは想像に難くない。


「肥大した権力は、あとは弾け飛ぶだけなのよ」


 この辛辣な感想は、ヴァレリアル公爵家の長女であるセンテ・パセリーニ・アルマナその人のものである。

 王政時代に誇った権勢をそのままに、議会時代に入った今日でも、公爵家の力は絶大だが、絶大だからこそ問題も多い。パセリーニ・アルマナには三人の兄がいるが、いずれも腹違いである。そして、一番下の彼女の母も、代替わりしている。

 跡継ぎ問題や領土の分配やらで血生臭いことも多いらしい。彼女の三人の兄達は日夜、領土の権利を奪い合っているし、そこに新しい公爵夫人も跡継ぎに自分の息子を据えようと必死らしい。

 跡継ぎなどは、男も女も関係ないのでパセリーニ・アルマナも参戦できるのだが、彼女の場合は少し事情が違った。


 フランチェスカの姫がその名声を、議会の間だけではなく民衆の間でも高まっているのは、彼女の生まれてついての悲劇性があった。

 彼女は生まれつき、盲目なのだ。

 最高の細工職人が緻密にカットしたように煌めく彼女の紫の瞳は、これまで一度として光を見たことがない。にも関わらず、議会へと進出した強かさや、見た目の美しさが共感を呼び、憧れを招いたらしい。

 とはいっても、貴族の娘が議員になるというのは、結婚前の腰掛け社員程度にしか見られておらず、大半の人々の感覚からいうと、盲目の美しくも幸薄い姫君が懸命に議会の文官になった、というそれだけのことであり、良い政治をしてもらおうとか、議会で高らかに発言してもらおうと、というものではない。

 それは、まるで自分のペットが愛らしい仕草をするのを見て、微笑んでいることと似ている。

 こう言って、鼻で笑ったのは渦中の人である。

 議会の文官は、ただ椅子に座っている人形ではない。定例議会での決定事項の整理、発案整理などデスク・ワークは山ほどある。それに加えて、市政の細かなデータも処理していかなくてはならない。

 こんな中で、優秀さを発揮したのがフランチェスカの戦姫だった。入会当初、彼女は、公爵家の長女ではあるが、議会では土地を持たない子爵階級だったが、二年余りのうちに自力で土地権利をもぎ取り、伯爵の地位にまで上り詰めた。議会始まって以来の才女である。

 

 こうした事情もあって、フランチェスカの姫とフランチェスカの戦姫はそれぞれ一人歩きを始めて、奇妙かつ複雑な真相は彼女、ヴァレリアル・センテ・パセリーニ・アルマナという人物を知る一部の人々に握られたままとなったのである。


「ペンファー大尉! ペンファー・ロッソン・ルーチェ・ゼパンツェン大尉!」


 私はともすれば聞き惚れてしまいそうな美声に怒鳴られて、椅子から立ち上がった。

 執務室を仕切るドアを開けて、すぐに一礼する。


「これ、点字変換してちょうだい」


 白い指先で机の上に書類を弾いたのは、彼女である。

 



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