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姫君の日常  作者: ふとん
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眠らぬ騒動

 その、何気ない兄の仕事の手伝いで、私がパセリーニ伯の記事を覚えているのは、その時すでに伯と遭っていたからだろう。

 私が伯と出合ったのは、執務室付きとなってからではない。まだ伯が爵位も持たない頃、それでもトラブルメーカーだった彼女絡みの事件を担当したことがあるのだ。その頃から輝くばかりの美貌で周囲を圧倒していた伯だが、終ぞ私には仮面にしか見えず、彼女の二面性…深層の姫と戦姫の顔を知ることになってしまった。今思えば、それが怨嗟の鎖となっている気もしないでもない。

 チリ、と頭の隅で火花が散った。

 次瞬に突風が耳の横をかすめる。

 膨張した鼓膜を叩かれ、椅子から反転する。

 その椅子に突き刺さったのは羽ペンほどの小さな矢だった。床を這うとそれを追って、矢が突き立つ。

 狙撃主を探して窓の外に目を遣ると、黒い布を纏った急襲者が窓からこちらに駆けてくる。

 とっさに身をよじると、脇をすり抜けるのは刺突に特化した短剣である。

 横に振り抜く短剣を後ろに飛んでやり過ごし、床に膝をつく。

 それを一瞬の隙とみた凶刃は、私の眉間を追って食らいついてくる。

 切っ先が視界を埋める。

 眉間に刃先が触れる。

 瞬間。

 狙いをすまして剣を回避。

 わずかにずらした頬の隣を勢いのついた短剣が滑っていく。

 鋭い刺突の余韻が頬を切る。

 だが完全に狙いを失った腕を掴む。

 逆手にもう一つの短剣が現れたが、既に体は重力の法則に従っている。

 掴んだ腕を逆手に取り、ねじ上げるようにして持ち主の背中から膝で押さえ、そのまま床にたたきつける。

 床を大音量が揺るがし、苦悶が漏れた。

 短剣を持っている余力が無くなったのか、短剣はむなしく床に突き刺さる。

 私は大きくため息をついた。

 こんな捕り物は久しぶりだ。

 それに、


「起きていらっしゃいますね。パセリーニ伯」


 実行犯を押さえつけたまま唐突に呼びかける。

 寝息を確かめたわけでも脈を測ったわけでもない。ただの勘である。

 だが、眼前で雫やかに眠っていた我が上司殿は鷹揚に起きあがった。そして、何人もの善良な市民を堕落させる悪戯な笑みを向けてくる。


「見事ね。大尉」


「恐れ入ります」


「何をそんなに怒っているのかしら?」


 美貌の策略家は分かり切ったことを尋ねてくる。私は悲鳴に近い庶民の糾弾を返した。


「……伯。貴女は私を餌にしましたね?!」


 そう。彼女は私を婚約者だと偽ることによって、夜会場から執務室爆破の犯人を割り出そうとしたのだ。

 私に個人的な恨みのあるものは、何も議会城の私の部屋を爆破することはないのだ。だとすれば、あとはパセリーニ伯である。それも八つ当たりに近い嫉妬心からの怨恨である。

 夫婦関係において、夫を攻撃せず、夫の浮気相手を攻撃する妻の心情に似ている。

 パセリーニ伯は婉然と微笑むと、さも当然のようにうなずいた。


「頭の回転の速い部下はいいわね」


 茫然自失。

 兄に顔向けができないかもしれないなどという後悔が私を襲う。


「あなたは最高の餌になったわ」


 今夜も私は悪夢を見てるようだ。



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