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姫君の日常  作者: ふとん
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逃げた小鳥

 気が付くと、私は椅子に座らされていた。

 今までいたはずの夜会会場ではない。暗幕に覆われた奇妙な部屋である。

 そして目の前に座しているのは頭から布を被った一人の老婆だった。彼女と私を挟んで小さな卓が置かれ、卓上に三本の蝋燭と大きな水晶玉が鎮座している。

 私は混乱もそこそこに老婆に話しかけようとしたが、老婆が先手を打ってきた。


「貴方様の運命は三つある」


 しわがれた声と節くれ立った指に導かれて私は水晶を見つめた。


「一つはこのまま死ぬこと」


 唐突に告げられると実感の伴わないものである。私は虚空を移す水晶の中心を凝視して応えなかった。


「一つは議会城警備部執務室付きの役職のまま出世もままならずも、そこそこの見合い結婚をし、そこそこの家庭を築いて土地相続や家屋保証に悩まされながら人生の大半を過ごし、くたびれてきたところでようやく孫ができて悠々自適の生活を送るが気が付いた時には妻が痴呆症にかかってしまって看護生活となり、妻を看取った後、国営終身療養所で三年間過ごして死ぬ」


「……占いにここまで具体例を出す必要が……?」


 思わず口を挟むが老婆はこちらに応えない。


「あとの一つは……」



 私は目を開けた。

 手の感覚を確かめるように顔に手のひらを当てる。

 現実に立ち戻ってきたようである。

 辺りに視線を巡らせると元の夜会会場だった。それも先ほどまでと同じ場所に私は突っ立っている。だが状況は違っていた。

 夜会中の人々から注目されているのだ。

 八方を人の目で囲まれて、私はその中心に立っている。

 顔を引きつらせると、隣で誰かが腕を引いた。

 花の女神と讃えられる美しいかんばせが私を見上げている。

 パセリーニ伯である。

 私は数秒の間、気を失っていたらしい。

 どうせなら、占い婆の暗幕の中の方が良かった。

 正面から私を睨みつけているのは、他でもないマルセーリ卿である。

 ネズミでも射殺さんばかりの眼光を浴びて、私の顔はますます引きつった。

 その様子を見て取ったマルセーリ卿は嘲笑を口元に浮かべる。


「ご冗談は止してください。可哀想に、彼はこの場で怯えているではありませんか」


 観客に訴えかけるようにマルセーリ卿は片腕を会場へ向けて広げる。


「このような場でお戯れになっては、皆がお困りになられますよ。アルマナ様」


 その通りである。戯れは時として人の人生を狂わせるものだ。だが、パセリーニ伯は社交用の微笑を讃えたまま、目を細めた。


「冗談ではありませんわ」


 私の腕を無理矢理組んだまま、伯は私の胸に繊指を軽く当てる。


「ただ彼はこのような場が苦手なだけ……ねぇ?」


 問いかけられた私の背中を冷たい汗が流れた。こちらに顔を向けたパセリーニ伯に一瞬睨みつけられたのだ。一瞥されただけだが、私は寿命が十年ほど縮んだ気がした。


「困ったお人だ。可愛がる愛玩動物は小鳥だけになさいませ」


 マルセーリ卿はパセリーニ伯に優しげな笑みを向ける。


「以前も大きな小鳥を逃がしてしまったではありませんか」


 私の腕が震えた。いや、正確には私の腕を持ってパセリーニ伯の腕が震えたのだ。


「何という鳥でしたでしょうか。名前は確か……」


 言いかけたマルセーリ卿は思わず言葉を止めた。

 私は腕に突然かかった質量を受け止めて、顔をしかめた。

 夜会場に悲鳴が上がる。

 喧噪は一気に膨れあがる。

 

 パセリーニ伯が倒れた。

 

 

 

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