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姫君の日常  作者: ふとん
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フランチェスカの戦姫

今は昔。

 議会城、フランチェスカにはそれはそれは美しい姫君がおられました。そのお顔は花も恥じらうほど愛らしく、ひとたび笑めば、ヨーデルヒア大氷山も解けてしまうと評判でした。








「貴女のそのかんばせは、花の国におわすという花の女王でさえも恥じらわれることでしょう」


 床に片膝をついて、まるで女神をあがめ奉るように、うっとりと顔を上げたのは如何にも伊達男らしい、身なりの良い男性だった。


「お上手ですわね。マルセーリ様」


 男を見下ろし、椅子に座ったまま艶やかに微笑んだのは、こちらも仕立ての良いスーツを着た女性である。白皙の容貌は名工が精緻に彫り込んだ傑作のように整っており、その瞳は紫水晶を填め込んだかのごとく輝いている。上質な絹糸と表現されても遜色ないブロンドの長い髪を後頭部でまとめた姿は、華美でこそ無いが女神の化身と言っても良い。

 彼女こそ、ヨーデルヒア大氷山も溶かすと評判の、


「フランチェスカの姫……その名は貴女にこそ相応しい」


 王政が滅んで久しいこの国に姫という称号はない。

 議会によって国政を動かしている、この北国では議会城というものがある。それは、三百年前の王政時に賢政を敷いた王にちなみ、フランチェスカと呼ばれている。


「マルセーリ様。そろそろご自分の執務室へお戻りになられた方がよろしいのではありませんこと?」


「もうそのような時間ですか? まったく、愚民どもの世話をするもの楽ではありませんな。貴女のお姿をゆっくり見つめている時間さえ与えてくれない」


 議会は国民の税によって運営されている。それに、彼がこの部屋に来てから既に二時間ほどは経過しようとしていた。


「来週の、春夜会にはぜひ姫もおいでください」


「ええ。ぜひ」


 フランチェスカの姫は甘く微笑む。

 伊達男はそのまま演劇の舞台にでも立てそうな所作で立ち上がると、大仰に胸に手を当てた。

 役者が舞台袖にお帰りだ。

 すかさず、ドアを開けて待ちかまえる。

 男はこちらには見向きもせず、ドアの外へと余韻を残して去っていった。


「早く閉めなさい」


 一気に氷点下まで冷えたような声。

 部屋の奥からかかった声に従い、ドアを閉めて向き直ると、深窓の姫君に先ほどまでの笑みはない。代わりに表情を消したその目をナイフのように細めた。


「魔除けの札でも貼っておいてちょうだい」


 ここまで言われてはあの伊達男も哀れなものだ。


「私に言い寄るなら、もっとマシな台詞を言えないものかしらね」


 無慈悲にも彼の演出は、鼻先で笑われてしまった。

 フランチェスカの姫、ヴァレリアル・センテ・パセリーニ・アルマナ。彼女には、もう一つ名がある。

 姫は姫でも、戦という文字を冠するその名は、フランチェスカの戦姫。

 フランチェスカで絶対零度の女と恐れられている人物の一人である。

 



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