2*クラスメイトの入院
テストが返ってくる。
中学生になってから初めての、一学期期末テスト。
今日までに国語・算数…いや数学・英語・社会・体育・美術・家庭技術・音楽の八科目が返ってきたけど、どれも満点だった。
あとは理科だけ…。
緊張と期待でドキドキする。
「麻南さん」
「はい」
みんなが見てる。
オール満点が成ったのかどうか、この瞬間に分かる。
教室中が、静まり返っている。
「はい、おめでとう。百点です」
そこには先生が書いたクセのある花丸があった。
やったあ!私オール満点!!
「すげぇ、麻南!」
「まじお前最強じゃん?」
「やったね、優愛!」
浜田くんや想、それから部活が一緒の高田さんたちは一緒に喜んでくれた。
だけど笠井さんたちは…そっぽを向いている。
あぁ、怖いなぁ。
また今日の昼休み、呼び出されるかな…。
入学した次の日から三日に一度は彼女たちに呼び出されていたけれど、テストに近づくと勉強で忙しいのかあまり無くなった。
今日あたり、来るかもしれない…。
「痛ぇ!」
ふいに足元が歪んだ。
「ごっ、ごめんなさい…」
隣の席の五十嵐くんの足を、踏んでしまったようだ。少し浮かれ過ぎていた、私が悪い。
顔を上げた彼は…一瞬驚いたように固まって、でもまたすぐに元の怒った顔に戻った。
「何すんだよ!すげぇ痛いんですけど」
すっごく怒ってる。
「本当に…ごめんなさい。」
このやりとりを聞いていたのか、浜田くんが寄ってきて言った。
「お前怒りすぎだろ?麻南はわざとじゃないだろうし、そんなに怒ることないじゃねーかよ」
「でも浜田くん…」
悪いのは私、だもん。
って言おうとしたけど、五十嵐くんは無言で席に座り、机にうつ伏せてしまった。
ケンカをする気は、無いみたい。
「浜田くん…ごめんね。私が悪いの」
「麻南は悪くねーって。それよりさ、満点の答案見せてよ。ホントすごいな。オレなんてさ…」
浜田くんは一人でペラペラと喋り始めたけど、もう私の耳には届いていない。
これでまた、敵が増えちゃったのかな…。
その帰り、五十嵐くんは交通事故に遭った。
左足を、骨折したらしい。
私は彼のとなりの席なので代表でお見舞いに行ったけど、花は投げ捨てられてしまった。「いらねえよ」って。
五十嵐くん、足踏んじゃったことまだ怒ってるみたい。
あ〜あ、どうしようかな。
笠井さんたちのこともあっていろいろ大変なのに。
人付き合いって何だか複雑でとっても難しい。
ほんとにほんとに、どうしよう…。
「はぁ〜…」
ダメだ。音が出ない。
夏のコンクールまでにはあと二ヶ月しかない。
部員五〇人のうち三十五人しか出場することが出来ないけれど、私はすでに学年無差別の部内オーディションで受かっているから、うかうかとはしていられない。
桔平くん…皆川桔平くんも、受かっている。
オーディションに受かったコンクールメンバーと補欠メンバーは夏休み中も練習がある(当日も夏休み中だからね)のに、どちらでもない人たちはずっと練習無しだというちょっぴり悲しいルールがあるけど、やっぱりコンクールで良い賞を獲るためなら致し方ない。
当日が二ヵ月後にまで迫った今、コンクールメンバーとサブメンバーは別々に練習していて、こっちに一年生は私を入れて二人しかいない。
何だか私だけ皆に遅れをとっているようで。すごく心配っていうか何というか…。
「大丈夫だよ優愛ちゃん。」
「大丈夫じゃない…私、シの音出ないんだもん」
そう、私は一番高いシの音が出ないのだ。
いくら桔平くんに励まされたって、フルートは低音と空気が混じったような音しか出てくれない。
「優愛ちゃんさぁ、もっとリラックスしてみなよ。あと何か悩みでもあるの?音に全部、出てるよ?」
悩み…。私は今、たぶん五十嵐くんのことを悩んでるんだ…。
笠井さんたちのことは、いつでも考えないようにしてるから大丈夫。
私が五十嵐くんの足を踏んじゃったから…そのせいで骨折したのかもしれない。
それとお見舞いにと持っていった花を投げ捨てられたのが実はそうとう応えているのかも…
「ねぇ。この後オレが話聞いてあげるよ。」
「えっ、でも…」
「部活が終わったら、な!ハイ練習練習!」
パンパン、と手を叩いて、桔平くん→私の個人レッスンは終わった。
気付くと三十分もみてもらっていた…。
それから部活が終わるまでは、あっという間だった。
コンクールメンバーはほとんどが二、三年生なせいか、片付けも速い。
「お疲れ様でしたー」
入り口のところで一人一人に挨拶をしているのは桔平くん。
そんな彼と目が合ったかと思えば、パチンと片目で合図をしてさっと音楽室を出ていった。
たぶん、「下駄箱で待ってる」と言いたいんだろうけど。
私も慌てて階段を下りれば、やっぱり桔平くんはいた。
「来たね。じゃ、話してよ。」
靴を履き替えすたすたと校門に近づきながら、私はドキドキする胸を抑えて話し始めた。
「あのね…同じクラスの五十嵐くん、っているでしょ?あの人今入院してるけどさ、私のせいかもしれないの…」
「どうして」
少し怒ったように訪ねられて、一瞬、ビクっとした。
「私が足を踏んじゃって、それで、骨折って…」
語尾はどんどん凋んでいく。
桔平くんはうんうん、と頷きながら聞いてくれた。
「私のせいで五十嵐くんが入院しちゃったから…お見舞いに行ったの。でもお花を投げ捨てられちゃった…」
「それは優愛ちゃん悪くないぜ」
暗がりの中に真っ白い歯を光らせて、桔平くんは笑った。
「だって普通足踏んだくらいで骨折なんてしねーよ。もしホントにそのせいで折ったんなら、あいつ相当コーラ飲んでんな」
ふっと笑ったその横顔に、私はドキっとした。
やっぱり、恋、しちゃってるな…。
「おーい、聞いてるかぁ?」
「あ、う、うん…」
「だから、気にすんなよ?あと二ヶ月でコンクールなんだからな」
そっか…コンクール……。コンクールまでに、もう一つの悩み、打ち明けちゃおうか。
私が、桔平くんを好きだってこと。
「ねぇ、桔平くんは好きな人、いる?」
思い切って聞いてみた。
緊張して顔が強張る。だけど返ってきた言葉は意外すぎた。
「優愛ちゃん」
「──え?」
「だから、優愛ちゃん」
こ、これってもしや…告白!?
「オレ、優愛ちゃんのこと好き…」
まさか両思い??うそ!??
「ねぇ。付き合おう?」
突然すぎてびっくりだけど…私も、桔平くんのことが好きだ…。
「うん」
ただの悩み相談から、付き合うことになるなんて。
でも私、とっても嬉しいよ。まるで夢を見ているよう。
つないだ手、あったかい。
黄色いお月様が、優しく微笑んでいるよ…。