1*新しい出会い
ガラガラ…。
一年三組と書かれたドアを、開けた。
私にとってはまだ新鮮な教室。
チャイムは鳴ったけれど、生徒はまばらでしかいなかった。
こんなに急ぐことも無かったかもしれない。
「おはよっ」
明るい声…誰かな。
振り向くと想の笑顔があった。
この学校で出来た、最初の友達。
「おはよう」
私も笑顔で言った。
「あれ?顔、ケガしてるよ?どうしたの?」
──その途端、複数の視線がこちらに投げかけられた。
笠井さん…たちがいる。
同じクラスだったんだ…。
言うなよ、言ったらどうなるかわかってるんだろうな。
そう言ってきたような気がした。
「ん…?何でもないよ。」
想は素直で優しいコ。
私の言葉を信じてくれたようで、黙って絆創膏をくれた。
「ありがとう。ごめんね…」
まだ馴染んでいない制服のスカートを押さえて、自分の席に腰掛けた。
「ねっ、東京の話、聞かせてよ」
想が笑顔で言う。
「東京…?」
「原宿とか、渋谷とか」
「う〜ん私、あんまり渋谷と原宿は好きじゃないんだ。」
「どうして?」
大きな瞳は興味深そうに輝く。
「だって、人が多いんだもの」
「え〜でも、お洒落なお店とかいっぱいあったりして、楽しいんじゃないの?」
「まあ、それはそうだけど…。」
私はあんまり流行とかに興味が無いんだよね。
「──あ、先生来たっ」
想がくるっと向きをかえて、教卓の方へ向いた。
想の言った通り、先生が入ってきた。
「きりーつ!」
いつの間に揃ったのか生徒たちはみんな一斉に立ち上がった。
「れいっ」
おはようございまーす。
私も周りに合わせてそう言う。
「着席」
ふわっという音が聞こえたような気がした。
座った瞬間に、何やら机の中から紙が出てきたのだ。
いくつかの丸められた紙。
ゴミかな…?
開いてみると、そこには、悪口雑言が並べ立ててある…
ゴミよりもずっと酷い──。
ふと視線を横に送ると、笠井さんたちがクスクス笑っている。
あぁ、彼女たちの仕業か…。
「おい、麻南!」
斜め後ろの席の、男のコが声をかけてきた。
「何?」
「…耳貸して」
すると彼は小さな声で、
「今朝、麻南の椅子がベランダに出されてたんだ。気をつけろよ」
と言った。
これもきっと笠井さんたちがしたんだろう。
「教えてくれて、ありがとう」
「おう。」
彼の名は、浜田亮くんというらしい。
とりあえず、この人は笠井さんたちの仲間ではないらしいので、安心した。
だけど、一つ、気になること…。
紙に書いてあった悪口の中に、「転入生のくせに…」というものがあった。
私は転入生じゃない。
受験を済まし、きちんとこの私立中学に受かったんだけど、入学式の前に喘息の発作を起こしてしまって、一週間ほど入院していただけ。
双子のお兄ちゃんである弘樹は入学式の日から通っているけど、私は昨日初めてこの教室に入った。
弘樹は「3組に変なやつらがいるらしいから気をつけろよ」と言っていたけど、変なやつらとはどうやら笠井さんたちらしい。
私と弘樹は当然だけどクラスが違うし、部活も違う。
だけど、帰りは待ち合わせして一緒に帰ろうねって約束してる。
私たちは、仲良しなんだ。
お父さんは不動産会社の社長でお母さんはスチワーデスだから家に二人でいることが、昔から多かった。(使用人たちを入れると六人になるけどね。)
中学も一緒のところが良かったから、私は弘樹に合わせて志望校を少し下げた。
弘樹が笠井さんたちのことを知ったら、ボコボコにしちゃうだろうな…。
だけど、そもそも笠井さんたちは何を怒っているのだろうか。
特に私が何をしたわけでもないし…。
よくわからないけど、とにかく彼女たちが私の存在を快く思ってはいないことは確かだ。
これから先、不安でしょうがない…。
わざわざ電車で一時間半のこの中学じゃなくて、弘樹と別々でも地元の公立中学に行った方が良かったかな。
早くもそんな後悔が胸を占めているのだった。
帰りのホームルームが終わり、私は緊張しながら音楽室へ向かう。
入院中どの部活に入ろうかずーっと考えていたけれど、結局吹奏楽部しか思い浮かばなかったから今日、見学をさせてもらうことにした。
私は小さいころから独学でフルートとホルンを吹いていて、時々弘樹と一緒に家の音楽室で吹いたりもする(弘樹はサックスとトランペットだけどね)。
だからそういった面での心配はないと思う。
だけど問題は、とにかく人間関係かな。
コンコン。
音楽室の分厚いドアをノックした。
「はーい」
たたたたっ、と誰かが走ってくる足音。
ちょっとしてから、ドアはガチャリと音をたてて開いた。
「こんちわ」
にこっと笑ったその男の子は、茶髪で私よりも背が高くって、首からサックスを吊るストラップを提げていた。
「こんにちは…見学の麻南です」
伏し目がちの私の手には、微量の汗。
「じゃ、こっち来てー。はい、座ってていいから」
まだ部員は揃っていないみたいでザワザワしているけれど、私は用意されていた椅子に腰を下ろした。
その男の子は、気さくだった。
「帰るときとか、何かあったら呼んで。オレ、アルトの桔平だから。」
「うん…」
彼…じゃなくて桔平くんは、そう言ってから自分の席へ戻り、おそらく基礎練習であろう演奏を始めた。
ロングトーンと音階だけだったけど、実力は十分過ぎるくらいに伝わった。
──この人、凄い…。
アルトサックスの細いけれども存在感のある音色と、自在に動かす十本の指、そしてきれいな横顔…
この人と一緒に吹いたら、どれだけ心地良いだろう。
どれだけ美しいハーモニーが生まれるだろう。
私はもう、すっかり桔平くんの奏でるサックスの音色に惚れてしまった。
弘樹の音色も大好きだったんだけど…。
気付いたときには顧問の先生に入部届けを提出し、帰りの電車に乗り込んでいた。
忘れようとしても頭の中でながれ続けるサックスのメロディー、桔平くんの笑顔…
もしかしたら、もしかしたらだけど私、桔平くんのこと、好きになっちゃったかもしれない…──。