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「もう戻るのか?もう少し休んでいけばいいのに」


「いや、問題ない。調べたいことがあるからな」


 ルザルファスから話を聞き、エリックはすぐに出発することにした。歩くのもやっとだったことを心配してガデスが引き留めてきたが、「探求の庭」に戻れるくらいには回復している。


「大図書館には、「帰還の書」やヴァンダニアの王に関係する本もあるはずだ。それがなにか手懸かりになるかもしれない」


 ただのアンデッドならば体を破壊すればいいだけだが、ダンドルグは違うとエリックは考えている。普通のアンデッドならばエリックやガデスだけでなく、ユグドラシルの者が気づいたはずなのだ。


「それでだ。お前に聞きたいことがあるんだが」


「ん? なになに?」


「--どうやって、最奥に入った?」


 聞いた瞬間、それまで上機嫌にエリックを見上げていたガデスが目を反らした。その表情から、彼女が大図書館の最奥、禁書が保管されているエリアに入ったことがあるのを確信する。


「魔神召喚の魔法円なんて、知らずにそうそう描けるものじゃない。最奥の禁書の中に、詳しく書かれた本があったんだろう」


「な、何のことだか。そもそも学生時代の事だから、時効じゃねぇの?」


 確かに除籍のしようもないだろう。だがそもそもエリックにはガデスを摘発する気はない。


「最奥には「帰還の書」の写本も置いてあるはずだ。入るには図書館長の許可が必要だが、すぐに下りるとは思えん。事後承諾も、いた仕方ない」


「ああ、なるほど。……中庭の通気口が最奥に繋がってんだよ」


 大図書館にはバラ園となっている中庭があり、エリックもたまに訪れていた。だが通気口などあっただろうか。そう言うと、ガデスは廊下の壁に指で中庭の地図を描きながら説明する。


「ここらへんの壁に、バラが這ってるとこがあるだろ。この蔦に隠れて、人が通れるくらいの--俺なら通れるくらいの通気口があるんだ」


 体格差があるので言い直したようだ。もしガデスでぎりぎりならば、エリックには難しいだろう。


「蔦はどうした?」


「植物の精霊に頼めば、どいてくれるだろ」


 事も無げにガデスは言うが、精霊の扱いに精通していないと難しい手段だ。これが"精霊の女王"かと、エリックは感心する。


「--まあ、なんとかやってみるか」


「おう。--えへへ」


 唐突に笑いだしたガデスを訝しげに見下ろすと、満面の笑みを向けられた。


「な、なんだ。急に」


「いや。こうやって話するの懐かしいし、嬉しいなー、と」


「--っ」


 そう言われ、エリックは慌てて視線を壁に遣った。髪の乱れを直すのを装って、熱くなった耳を隠す。


「ま、まあそうだな。れ、礼を言う」


「いやー、どういたしましてー」


 上機嫌なガデスは、その変化に気付いていない。良くも悪くも昔から変わっていないとエリックは胸をなで下ろす。

 エリックは少し考えてから、左手を持ち上げた。顔に触れようとしたが、それはさすがにやり過ぎだと思い直し、ガデスの頭に手を置く。


「調べ物をしたら、戻ってくる。そう長くは掛けない。--いい子にして待っていろ?」


「子供扱いか、このヤロウ。身長くらいしか差はないだろうが」


 文句を言いながらも大人しく撫でられているガデスに、「3歳差だ」と答えてから、エリックは別れを告げて宿を出た。歩きだそうとして、待ち人に気が付く。


「--「探求の庭」に戻るのかい?」


「ああ。「帰還の書」について調べる」


 エリックは待ち人--ルザルファスをじっと見た。目線が随分高くなったが、相変わらず背の差はない。

 だがお互い、中身はどうだろうか。子供の頃のように純真に振る舞うには色々ありすぎた。それはルザルファスも同様のはずだ。


「--10年程ぶり、か。……シスターエリゼは?」


「生きてるよ。今は別件で体を壊して療養してる。……その、ご両親は?」


「--グリューン雪原で眠っている。母の遺言でな」


「そうか。……ごめん」


「いや--あれは、父の遺志だ」


 10年程前、エリックとルザルファスが暮らしていた小国で大規模な魔族狩りが行われた。ルザルファスとその育ての親である神官エリゼは追われ、騎士だったエリックの父が命懸けで2人を逃がした。顔を合わせたのはそれ以来だ。


「--これをやっと返せるよ」


 そう言いながらルザルファスは一振りの剣を差し出した。反りのない、細身の剣だ。エリックにはよく見覚えがあった。父の愛剣の片割れだ。


「俺が逃げる時、貸してくれたんだ。あれ以来使っていないが、手入れは欠かしていない」


 エリックは剣を受け取り、鞘から抜いた。細身の両刃が朝日を受けて輝いている。手にしたのは初めてだが、不思議と馴染んだ。


「大図書館の最奥に行くのなら、俺が手を貸そう。--難なく入れるはずだ」


「そうか。--正直どうしようかと思っていたところだ」


 エリックはそう答えながら、剣を腰のベルトに差し、鞘からすぐ抜けるように調整する。

 運命が決められているとは思わない。だが縁というものはあるのではないかと、エリックは考える。ダンドルグから逃げて行き着いた先で偶然にガデスを見つけ、その仲間の協力者が偶然ルザルファスだった。ならばこの事件に関わったことも縁なのだろう。

 エリックは朝日の眩しさに目を細めながら、ルザルファスと肩を並べて「探求の庭」に向けて歩き出した。

 

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