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 ユグドラシル自治領の最南に位置する「探求の庭」は名前の通り、魔法や薬草、古代史など様々な研究機関があり学者が多く働いている町だ。中心部には大図書館があり、神学や精霊学などの入門書から、大衆向けの極楽小説まで様々な本が揃っている。

 「探求の庭」からタルタニの町まで行く場合、休憩無しで歩けば1日で着くことも可能だが、中間地点のカムリタの町で一泊し2日掛けて移動するのが一般的だ。


「--大図書館の蔵書って、そんなに色々あるのか……」


 カムリタに向かう道中、ガデスから説明を聞いたアクアは、感心したようにそう呟いた。


「昔流行った「青騎士物語」とか「エルバニア戦記」とかは、誰でも見れるぞ」


 前者は騎士見習い、後者は国を追われた王子が主人公の、立志物の創作小説だ。魔法学や薬草学などの実用的な本を読み漁っていたエリックが、珍しく読んでいた物語でもある。アクアも好きだったらしく、タイトルを聞いて珍しく目を輝かせていた。

 大図書館は一般に開放されており、簡単な手続きをすれば誰でも蔵書が読めるようになっている。もっとも、最奥に保管されている数々の禁呪本などはさすがに閲覧が禁止されており、読むのは難しい。

 そんな話をしながら街道を歩き、昼頃にはカムリタに到着した。

 カムリタは数件の宿屋と酒場に雑貨屋、教会があるだけの小さな町だ。しかし旅人や冒険者が訪れることが多く、夕方から朝にかけては特に賑わう。ガデス達はその日の宿を決めてから、手分けをして情報収集を始めることにした。



 

「歴史がありそうなお部屋でしたわね」


「うん。床板が浮いてる所があったから、躓かないよう気をつけないとね」


 今日の宿について話しながら、アルテミスとフェリルが教会に向かっている。ガデスが行こうとしている雑貨屋があるのは、教会に向かう道の途中だ。


「でも、いいのかアル。皆と一緒の部屋で」


「あら、一人だけ別の部屋には行けませんわ。--2人部屋が空いていれば、ガデスお兄様と一緒に泊まるのですけど」


 無いものは仕方ない、というアルテミスにガデスは苦笑しながら頷いた。ゴロツキから助けて以来、随分と懐かれている。まるで妹のようだ。


「あ。着いたよ雑貨屋」


 そう言ってフェリルが立ち止まる。酒場と宿屋の間に挟まれるようにして、雑貨屋は建っていた。扉上には店の名前が書かれた薬缶と、乾燥させた薬草が1束下げられている。どちらも店の看板なのだろう。


「じゃ、俺ここで話聞いてくるから」


「うん。また後でね」


「行ってらっしゃいませ」


 神官2人に手を振って、ガデスは雑貨屋の中に入った。

 独特の香りがするのは様々な薬草が置かれているからだろう。エリックの自室もこんな香りだった、などと懐かしみながら店内を見回す。他にも本や筆記用具、ランタンなどを売っているようだ。

 ガデスは目に付いた虫避けの香をカウンターに置き、雑貨屋の店主に話しかけた。


「こんにちはー。これ下さいな」


「はいな、こんにちは。お兄さん冒険者?」


 挨拶すると、店主の女性は愛想良く返してくれた。話しやすい相手だ。


「そうなんだけど、仲間とはぐれちゃってさー。緑の髪に、緑と青のオッドアイの、眼鏡した野郎見てない?」


 こんな目してんの、と半目になって目尻を指で押し上げると、女性が吹き出した。笑いながら商品を包み、目尻に浮いた涙を拭きながらそれを渡してくれた。


「ご、ごめんねツボに入っちゃって。うちでは見てないよー」


「そっか。ありがとうー」


 にこやかに礼を言ってガデスは店を出た。頭を掻きながら、次の行動を考える。


「ん--?」


 ふと気配を感じてガデスは手を下ろした。視線だけを動かして周囲を見ると、酒場の陰からこちらを窺っている人物が目に留まった。フードを目深に被っているため、顔は見えない。

 ガデスは1回だけ深呼吸をすると、相手に向かって走りだした。

 フードの人物は建物の間を走り抜ける。しかしその足は遅く、ガデスは難なく追い付くことができた。

 やがて人物は行き止まりで立ち止まった。壁に寄りかかるように手を付き、荒く息をしている。

 息一つ乱すことなく、ガデスはその人物に声を掛けた。


「何で逃げたんだ--エリック」


 正体を言い当てられ、彼は一瞬動揺したようだ。しかしすぐに観念しフードを脱ぐ。


「お前、が、野牛の、ように、突っ込、んで、来るから、だっ--」


 息も絶え絶えにエリックが答える。

 やや長めの緑の髪に、きつく見える薄緑と薄青のオッドアイ、掛けている眼鏡も別れたときと変わらないが、顔色は随分と悪い。走ったせいというだけではなさそうで、ガデスは嫌な予感を覚える。


「--よく俺だと分かったな」


 ようやく息を整え終わり、エリックは壁に手を付いたままガデスに向き直った。


「そりゃ、何もしなくても精霊の興味を引く人間なんて、そんなにいないからな」


 魔法の詠唱は、力を借りたい精霊を喚び、その興味を引くためのものだ。逆に言えば、普通ならば魔道士であっても、詠唱をしなければ精霊の興味はなかなか引けない。

 そう言うとエリックは複雑そうに微笑した。


「相変わらず精霊を視る目には長けている。……卒業して別れたのが、随分前に思えるな」


「えー。何しんみりしてんだ、似っ合わねぇな」


 わざと明るい声を出して言ってみたが、エリックは目を伏せて微笑むだけだ。

 恐らく、嫌な予感は的中している。だがガデスはそれを表に出さず、会話を続ける。


「と、いうかさ。どうなの、引きこもって調べ物する毎日って。専門なんだったっけ?」


「精霊学だが、他にも色々と手を出したな。なかなか充実していた」


 相手が過去形で話すのが苛つく。そう思うが、ガデスは顔はにこやかな笑顔を崩さない。


「ガデスは--冒険者は、どうだ?」


「やっぱ性に合ってるな。ガキの頃から親父の手伝いしてたし。兄貴2人以外にも仲間が出来て、今4人で「晴空のツバメ」ってギルド組んでる」


「そうか……」


 ガデスの言葉に相づちを打ち、エリックは口を閉じた。足下をじっと見つめ、何か言うのを迷っているようだ。

 その様子に舌打ちしたい衝動を抑え、ガデスは本題を切り出した。


「それで俺、今さ。人を媒体にして魔神喚ぶ、ていう事件調べてんだよね。その、ユグドラシルの調査団って、迷子に--」


「ガデス」


 ガデスの言葉を遮って、エリックが顔を上げた。何かを諦めたような表情で僅かに笑みを浮かべている。


「ここで会えたのも何かの縁だ。--頼みがある」


 返事を待たずに、エリックは羽織っていたローブの前を開いた。その下に着ていたうす汚れたコートとシャツも開け、中を見せる。


「--っ」


 予想していたこととはいえ、血の気が引いて視界が暗くなる。しかし、気絶するようなタマではないと自分に言い聞かせて、ガデスは倒れそうになるのを堪えた。

 エリックの、学者にしては筋肉が付いている胸から腹にかけて、赤黒い魔法円が描かれている。魔神"フェイスレス"に殺された神官や、ファーデンに描かれていたものと似た物だ。


「--媒体になる者の力を吸い取って、蓄える仕組みのようだ。少しずつ体力が奪われると同時に、魔法が使えなくなる」


「……」


 ガデスはエリックに近づいてコートを掴むと、魔法円を凝視した。力を蓄えきると、魔神が召喚されて媒体が死ぬのだろう。細部が"フェイスレス"のものと若干違うのは、喚び出す魔神が違うからだ。


「恐らく、明日か明後日、魔神が喚び出される。どうせ死ぬのなら……魔神が喚ばれる前に、お前が殺してくれ」


「……もう、諦めたのか」


 コートを掴む手に力が入る。ガデスが魔法円を見つめたまま問うと、その肩にエリックの手が置かれた。ためらいがちに置かれたその手は、僅かに震えている。


「解呪も試してみたが駄目だった。他に、もう手が見つからない。……悪いな、これは俺の我が儘だ。--お前だから、頼みたい」


 エリックは博識だ。その上、解呪や支援系統の魔法ならばガデスよりも上手い。本当に、手段が見つからなかったのだろう。


「……覚悟を、決める時間をくれ。……今晩、日付が変わる時まで」


「わかった。その時間に--そうだな、ミランの丘で待つ」

 



 路地を出て、ガデスは町の外れに向かった。何も考えまいと地面だけを見つめ、足早に歩く。


「ガデス様?」


 呼び止められて、足が止まった。視線を上げると、気遣わしげな表情でヴァインが立っている。ちょうど聞き込みをした宿屋から出てきたところらしい。

 嫌なタイミングで会ってしまった。ヴァインの顔を見て、思わず視界の端が滲む。ヴァインは何も言わず、ガデスの腕を取って、人目を避けるように物陰に誘導してくれた。


「……大丈夫ですか?」


「おう……問題ない」


 目の端の涙を指で払って、ガデスは深呼吸をした。何があっても泣くのは自分には似合わない。

 それよりも、やらねばいけないことがある。


「--ヴァインだけにしか、頼めない事がある。頼っていいか?」


 じっとヴァインの目を見る。彼は当然だとでも言うように頷いた。


「頼っていただけるのであれば、何であろうと受けましょう」


「ありがとう。--悪いな、結構な厄介事なんだけど--」


 止めるだけ無駄だと思ったのかもしれない。詳しい内容を説明しても、ヴァインは降りても止めてもこなかった。

 

 (5に続く)

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