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「……はぁ。気ばかり焦ってしまいますわ」


 紅茶が入ったカップを見つめ、アルテミスがため息を吐いた。宿に戻ってからずっとこの調子だ。

 ガデスは風に当たると言って出ていき、ヴァインがその後を追った。フェリルもいつの間にか出かけたようで、残されたアクアとアルテミスは部屋で皆の帰りを待っている。

 冒険者協会で手紙を受け取った後、アクア達は町中の宿屋や教会、自警団などを回って情報収集をした。しかし集まるのは死亡したファーデンの目撃談だけで、行方不明の2人の情報は全くなかった。

 明日はユグドラシル自治領最南の町「探求の庭」とタルタニの町の中間に位置する、カムリタの町に移動して、情報を集める予定だ。


「もっと情報が集まれば良いんだが。……そういえば、ファーデンが最期に言った名前--」


「"禁忌狩りのダンドルグ"ですわね。神霊協会でも当時の資料の洗い直しをして調べていますわ」


 神霊協会は神職者絡みの事件について、殆ど把握しているらしい。それらは記録され保管されているのだとアルテミスは言う。


「倒したのは冒険者協会ですけど、埋葬は神霊協会がしたそうですの。ダンドルグの手下も死亡してますから、きっと名前を語る第三者がいるんじゃ--」


「生きてる」


 アルテミスの言葉を遮ると、彼女はきょとんとした顔でアクアを見返した。

 アクアは大きく息を吸い、ゆっくりとした口調で続ける。


「ダンドルグの手下ってのが"血染めの聖戦士"の事なら……生きてアルの目の前にいる。ダンドルグにしても、もしかすると生きているかもしれない」


 アルテミスは言葉の真偽をはかるように、じっとアクアの目を見た。やがて嘘を言ってないと判断したようで、眉間に皺を寄せて大きくため息を吐いた。


「笑えない冗談、と思いたいですわ……。どういうことですの?」


「ダンドルグに操られていたところを、討伐にきた冒険者に助けられた。今持ってる冒険者協会の身分証も、用意してもらったものだ」


 アクアはグランアルシア自治領で起こったことから今に至るまでを説明した。アルテミスはテーブルに突っ伏して頭を抱えながら話を聞いていた。 


「--告発してもかまわない。いや、されるべきだ、と思う。でも、この事件は何としても解決したい」


 アクアはそう締めくくった。黙っていれば、気付かれなかったのかもしれない。しかしそんな事よりも、一刻も早くガデスの学友を見つけだす事のほうが大事だ。

 アルテミスは話が終わっても頭を抱えたまま何かを唸っていたが、やがて何かを諦めたような表情を浮かべた顔を上げた。


「……数年前に決着した件とか、目撃者や証拠のない案件は告発のしようがありませんわ、ええ多分きっと。ひとまず目の前の事件を片づけないと」


 細かいことは後で考えると言い、彼女は深く追求してはこなかった。

 


 

 翌日の早朝、アルテミスは甲高い音を聞いて部屋を出た。短く3回鳴ったその音は、殆ど者には聞こえなかっただろう。その証拠に、仲間は気付かなかったようだ。

 宿の裏手は小さな庭になっており、花木が数本植えられている。その1本に背を預けて立つ人物を認め、アルテミスは声を掛けた。


「おはようございます、ルザルお兄様。お疲れさまですわ」


「おはようアル。ごめんね、呼び出して」


 銀で出来た笛を懐に仕舞いながら、彼は軽く会釈した。その仕草に合わせて、アメジスト色の髪が揺れる。

 ルザルファスは神霊協会の調査部門である情報部を手伝っている青年で、皆からは「ルザル」と呼ばれている。本来の情報部員は、アルテミスの叔父の義姉でもあるルザルファスの育ての親なのだが、休養中なのでその代理を務めている形だ。

 親戚同然である気安さと、身のこなしや情報収集能力の優秀さ、踏んだ場数の多さから、アルテミスは彼に頼ることが多く、今回の事件の情報収集も手伝ってもらっている。


「何か、重要なことが分かりましたの?」


 アルテミスの知る限り、ルザルファスは仲間に対して紳士的で思慮深い人物だ。やわらかな物腰と中性的な顔立ちが相まって、童話に出てくる王子のようだと密やかに思っている。

 そんな彼がさしたる用件もなく、早朝に呼び出してくるとは思えない。


「うん。ダンドルグについて調べるついでに、彼の墓を見てみたんだけど--遺骨が残ってなかった」


「え--?」


 昨日のアクアの言葉が思い出される。ダンドルグの死は冒険者協会と神霊協会が共に確認したはずだ。それでも生きているというのならば、巧妙に両者の目を欺いたということだろうか。


「風化した、っていう可能性はありませんの?」


「それにしては綺麗に何も無かった。それと、墓石の縁に傷が付いていた。倒れたことがあるようだね」


 何者かが墓石を動かして逃亡させたか。あるいは本人が墓から這い出たということか。手練れであるルザルファスがそう睨むのなら、そのどちらかで間違いないだろうとアルテミスは確信する。


「判断材料がまだ足りないね。一応生きていると仮定して、今後足取りを探すつもりだ」


 アルテミスの考えを読んだかのように、ルザルファスはそう報告を締めくくった。


「ところで、アルの方はどう? 行方不明の2人の情報は見つかった?」


「まだですわ……今日カムリタに行きますから、そっちに期待ですわね」


 アルテミスの答えを聞いて、ルザルファスのアメジスト色の目に僅かな落胆の色が浮かぶ。成果を上げられなかったから、とはまた違うようだ。


「あの……どうしました?」


「え? ああ、ごめん。子供の頃によく遊んだ子と、同じ名前の人が入ってたから」


 別人だろうけど気になって、と彼は苦笑した。


「まあ、どちらの方ですの?」


「エリック氏。まあ、よくある名前だよね。--それより、俺はダンドルグを追わないとだね」


 そう言い終わると、ルザルファスは背中を木から離す。

 立ち去ろうとするところを、慌ててアルテミスは引き留めた。頼みたかった用件を思い出したのだ。


「うっかりしてましたわ。ダンドルグと関係することで、調べてほしいことがありましたの。彼と、彼がグランアルシア自治領で襲った司教との繋がり。--それと……ごめんなさい、同時期にあった、当時の大司教暗殺騒動との関係を」

 

 

 (4に続く) 


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