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夢の故郷  作者: 里見
第一章:水の国
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(3)

 ソファもベッドも完備された部屋で、エレツは壁際の床へ腰を下ろしたまま剣を抱えて深い眠りに落ちていた。ベッドもソファも使わず硬い床で睡眠を取るのは今に始まったことではない。もう何年も前からベッドを使うことはなく、座して眠りにつくことは既に習慣化していた。

 不意にドアを叩く音に呼ばれ、エレツは重い瞼をこじ開けた。

「……何か?」

 ドアの向こうへ声を投げながら視線を巡らせて窓を見やると、赤い空がエレツの双眸へ飛び込んできた。強張った体をほぐすように首を回し、腕を回してのそりと立ち上がる。

「夕飯できたよ。好きな時にでも降りといで」

 ドアは開かなかったが、その向こう側から若くはないが明るい女の声が響いた。逡巡し、宿の女将の声だったと思い出しながらエレツは「分かった」と短く応じる。

 エレツが眠りに落ちていた部屋は城下街にある宿の一室。朝方王都に辿り着き、数日泊めて欲しいと転がり込んだ宿である。食事時には声をかけると言われていたのを思い出し、エレツは手にした剣を腰に吊るした。

 ドアを開けると女将の姿はなかったが、他にも声をかけられたらしい宿泊客と思しき夫婦や若い男が階下に向かっている。エレツも部屋を出るとその後に続いて階下へと足を向けた。


 久しぶりに干し肉以外の食事をとったエレツは部屋には戻らず、日が落ちたばかりでまだ活気のある表通りへと繰り出した。縦横無尽に行き交う人の波をかいくぐりながら、エレツは王宮へと続く広い通りを足早に進む。

 遠目には城内に灯った明かりが漏れているのが見える。通りの両脇には所狭しと広げた布の上に品を並べて商売をする者の姿もあるが、エレツはそれに見向きもせず街の中央から程近い石造りの塔を思わせる建物へと踏み込んだ。

 建物の中は薄暗い。エレツが視線を巡らせると通りの街人には見られない屈強な体を持つ者が数人、奥のカウンターの前に陣取っていた。カウンターの奥にはそれぞれ対応しているらしい男や女が見えるが、手の空いていそうな者はない。エレツは仕方なく掲示板の前へと移動した。掲示板の前には、一人の男が品定めをするように所狭しと貼られた紙を一枚一枚丁寧に読み漁っている。

 エレツもそれに倣って紙に目を向けると『収拾』『探索』『護衛』等々、思い思いに用件の書かれた紙が貼られている。

「見ない顔だな。アンタ、このギルドは初めてか?」

 頭一つ分小さいが眼光鋭い先客に声をかけられ、エレツは「ああ」と一言返す。

 エレツが訪れたこの場所は、ギルドと呼ばれる荒事専門の仕事斡旋所である。どの国や街にも必ず存在し、街人では手に負えない仕事を広く取り扱う。危険度が高いものほど報酬は高く、単発の仕事が多い。一処に留まらないエレツにとっても仕事は請け負いやすく、稼ぎも良い。路銀稼ぎにはこの上ない好条件なのである。

 雑多に貼られた依頼書の中でも金額が高いものを見定め、次に盗賊などの人間相手と思われる依頼を除外する。それでもかなりの件数がある。

「気になる依頼があるなら言いな」

 言われてエレツが視線を向けると、男の胸元にギルドの職員を示すエンブレムが縫い付けられていた。鋭い嘴をもつ鳥が翼を広げた姿のエンブレムは各国共通で、ギルド職員に与えられるものである。

「なんでもいいんだ。人を相手にするような依頼でなければな」

 エレツがそう口にすると、男は腕を組んでもう一度掲示板に目を向けた。

「アンタ、等級は?」

「五級でいい」

 間髪をいれず答えたエレツに、男はにやりと笑みを浮かべた。

 依頼内容の難易度を示したものが等級である。難易度が最も高いものを五級、最も難易度の低いものは一級と等級が付けられている。エレツのような流れ者も多く、個人の能力をランク付けできないギルドは、依頼に対して等級を付けた。自己申告ではあるが、報酬は全て成功報酬型であるためギルドや依頼主は不利益を被らない。

「なら、あれなんかどうだ?」

 男の指した先を視線で追うが、その途中でエレツは困ったように眉間にしわを寄せた。エレツから見ると小柄な男が指し示すものがどれなのか、ひしめき合う依頼書の中からすぐに目的のものが見つけられない。

「どれだ……?」

「あれだよ、あれ」

「これか?」

 男が示していると思われる依頼書を、手を伸ばして尋ねてみるが男は首を振る。

「違うって。ほら、その上」

 エレツは男の指示通りに手を伸ばすが、どうやらそれも外れであるらしい。

「違う違うその裏にあるやつ。じゃなくて、その裏だって」

 依頼書を二枚ほど捲り上げると、その裏に一枚の依頼書が所在無さげに貼り付けられていた。難易度の欄に青丸が五つつけられているのを確認し、エレツはその依頼書を鋲も外さず引き千切る。

「それそれ。請け負う奴が見つからなくてな」

 男の言葉を聞きながら、エレツは依頼書に目を落とした。依頼内容は色別に分類されており、全五色で大別される。エレツが手にした青は人間以外の動物が相手となる依頼。人間相手の依頼は赤、植物相手の依頼は緑、魔の絡む依頼は黒、その他を黄色と分類される。

 エレツと同様、対人依頼を好まない者も少なくないため、ギルドで一番人気とされているのは青の依頼。しかし、その青の五級依頼が残されているのはいささか不自然である。不思議に思ってエレツは改めて依頼書に目を通した。そして、依頼書の末尾に小さく書かれた注釈でその視線が止まる。

 ――黒依頼となる可能性もあるが、その場合は報酬を三倍額とする。

 珍しい注釈ではなかった。ギルドの依頼を受けるようになってからさほど件数をこなしたわけではないが、それでもこの手の注釈がついているものは何度となく目にしていた。

「これのせいか」

「そういうことだ」

 困惑の滲む声で頷く男の言葉を聞きながら、エレツはもう一度依頼に目を通す。青が黒になるということはすなわち、獣が魔憑きである可能性がある。難易度はそれだけで一気に跳ね上がる。

「いいだろう。これにする」

 エレツは特に迷う様子もなく頷いた。その様子を見ていた男は早速カウンターの方へと歩いて行く。

「三級はどいたどいた」

 複数の依頼票を前に渋い顔をしていた男を脇に追いやり、エレツに向かって手招きする。その様子に薄い苦笑を浮かべながらエレツはカウンターの前へ歩み寄った。

「これに書いてくれ」

 提示されたのは契約書。エレツは一つ頷いて差し出されたペンを受け取ると慣れたようにサインをした。


*  *  *


『街道沿いに現れる人喰い獅子の討伐?』

 腰に剣と矢筒を下げ、騎乗したエレツが向かうのは王宮裏手に広がる樹海。背にはエレツが使うにはやや小ぶりな弓を背負っている。

 ギルドを出たところで久しぶりに呼び戻した梗は依頼書を手に、先程から明らかに気が乗らないと言った口調だ。

「もう何人か食い殺されているらしい。話を聞く限り、まず魔憑きに間違いないだろう」

 そう説明するエレツの声に緊張の色はなく、むしろどこか落ち着いた雰囲気すら漂わせている。気負った様子もなく、その口から旧友に会いに行くのだと漏れても疑いすらしないだろう空気に梗はますます不満を募らせる。

『主、魔憑きの獅子は危険なのでは……』

「そうだな」

 打てど反応はまるで手応えがない。二年ほど前にエレツと梗は契約を結んだ。以来、梗はエレツとかなりの時間を過ごしてきたが、己の身に降りかかる危険についてはついぞ関心を示さないのは当時から何一つ変わらない。危険の中に身を置きたがっているようにしか見えず、その度に梗は心労を重ねる。

「梗、探してくれ」

 エレツは梗の心労など気付いていないのだろう。いつもと同じ、淡々とした静かな声で命じる。馬の足が止まり、エレツは宙に浮いている梗を見上げた。

 契約が成立している以上、エレツと梗の間に存在するのは紛れもない主従の関係である。そして主であるエレツの依頼は従である梗にとっては絶対の“命令”に他ならない。梗は地に降り立ち膝を折ると、深く頭を下げた。

「……」

 いくら梗でも、顔を向けていなければその機微はうかがい知ることができない。その忠実な姿を見てエレツの顔はほんの僅かに揺れたが、頭を下げる梗にそれを察知することはできなかった。

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