五、無茶振りと不思議な人
鈴乃ちゃんオンリーです。
「エスプ・リ・フゥー・リュミエール、デビュ!」
目の前のロウソクにようやく灯がともった!!
嬉しくなってつい顔が綻んだが、すぐに表情を固める。
「全く、一時間かかってようやくですか。ロウソク一本にどれだけ時間をかければ気が済むのです」
「ご、ごめん、なさい…」
「勇者が聞いて呆れる。先が思いやられますね。まあいいでしょう。次。付いてきなさい」
ガリガリに痩せた女性の魔導師長メプリス・ミューエ先生は、正直怖い。
常に厳しい表情を崩さす、少しへまをするとあからさまに顔をしかめるし、怖くて怖くて仕方がない。
ミューエ先生に誘導されて、室内から庭に出る。
彼女は一本の大きな木を指差した。
「燃やして、元に戻しなさい」
「ええっ」
ミューエ先生の顔を思わず直視してしまった。
燃やすまではいい。問題はその先…
「ま、魔法で、一度壊れた物を、も、元に戻す、のは、できないんじゃ…」
「異世界人のあなたなら出来るはずです。絶大な魔力があれば多少のことも覆せると思いますよ。あなた達の魔力なら、修復だってできるはず」
そ、そんな…。
ミューエ先生の顔にはかすかに冷笑が浮かんでいる。
私、何もしてないのに…っ
「終わったら部屋に戻ってきなさい」
先生が室内に戻る。
…………………。
………うええん。
やるしかないよね。がんばれ自分…。
曇ってきた空を不安になって見あげる。
急いだ方が良さそうだ。
私は初めにわたされた魔導書を開いた。
この魔導書は、簡単に言うと国語辞典だ。
魔法を使うにはまず、《スペル》という呪文を組み立てなければならない。
例えば、私が始めに成功させた魔法を意味の分かる言葉を直訳すると、『精霊 火 光 始める』となる。『デビュ』、という言葉が始動語となり、魔法が起こるのだ。発音が間違うと不発に終わる。日本には無い発音ばっかりなんだよ!!
自分が作用させたい行動を起こすために、それっぽい単語を組み合わせて念じる。すると、身体中から力が吸い上げられるような感覚がして、頭の中で指定した場所に念じた現象が起こる。これが《魔法》だ。
本当はどういう原理なのかを意味の分からない専門用語を所狭しと並べられて説明されたけど、うん。わからなかった。だからほとんど勘や感覚に頼っている状態。
さて、木を燃やすんだったよね。
ページをぱらぱらとめくり、アルファベットに似た文字の列をなぞっていく。
そう、ここで今使われているのはアルファベットに似た文字。日本語でも英語でもなく、アルファベットに似た文字。
なぜそれを読めるのか…。
先生は理由を知っているようだったが、一回聞いたら馬鹿にされたので、それ以降怖くて聞いていない。
精霊、炎、始める、で、エスプ・リ・フラム、デビュ。
他にも、精霊の代わりに『力』や『命ずる』という言葉を使ったりするが、私が一番楽に使えたのは『精霊』。これだと、近くにいる精霊から力を引き出して魔法を使うことになるらしい。正直に言うと、なぜかあまり好きになれない方法だ。仕方がないから使ってるけど…。
「エスプ・リ・フラム、エスプ・リ・フラム…」
もごもごと発音の練習をし、しばらくして木に意識を集中し、起こってほしい現象を想像しながら唱えた。
「エスプ・リ・フラム、デビュ!」
ゴオオオオオ!!
成功だ!
木が赤々と燃え上がる。
ええと、次は元に戻す…って、まず火消さなきゃ!!
「えええとおっ、え、エスプ・リ・オー、デビュ!!」
水が木の上にジャーっとかかる。
なんとか魔法は成功した。しかし、炎の勢いは止まらない。
「エスプ・リ・オー、デビュ!」
繰り返し唱えるが、何しろ威力が弱いのだ。
たくさん、たくさんって意味を加えてみようかな?
…『たくさん』が見つからない!『多い』でいいかな?
「エスプ・リ・オー・ボクォプ、デビュ!!」
ザザーーッ
さっきより量の多い水が木にかかる。
もくもくと上がる白い水蒸気…どうやら上手く行ったようだ。
「はあ、ふうー」
よかった…。
疲れたけど、雨が降る前に終わらせないと。
雨が降って、魔導書を濡らしてしまったらきっと怒られる。
ところが、いくらページをめくり、それっぽい呪文を唱えてみても全く成功しない。
そうこうするうちに、疲れ果てて座り込んでしまった。
どうしよう、どうしようか…
復活も、成長も、どれもこれも違う。
ひょっとしたら何か方法があるのかもしれないけど、私はほとんど何も教わっていないようなもんだし。わからない。わかるはず、ない…。
「あれ~?あきらめちゃう?」
地面とにらめっこをやめて視線を上げる。
茶色のブーツがあり、ズボン、ベルト、短い茶色のジャケット、白いシャツに、黒い日本の大きなピンでとめたショートの白い髪。黒く、少しとろんとしている黒い瞳。左目の下には黒い唐草模様が入っている。刺青かな?何より、全体の色が新鮮だ。
「でも、仕方ないよ。いくら強い魔力を持ってても、使い方をわかってない上に自分に合わない魔法なんか教わっちゃってるんだもん。ねえ、戦場ではページなんかめくる時間ないけど、全部暗記できそう?」
困ったように笑いながら話す、あー、うーん、男?女?の人。
誰だろう。城の中ではまだ見たことない人だ。
中性的な外見と声で判断しにくい。どっちだろう。
「ん?どうしたの??」
きょとんと首をかしげる誰か。
「あ、あの…誰、ですか?」
「ええ?質問に質問で返すの~?」
「ご、ごめん、なさい…。え、と、…暗記なんて、ムリです」
「だよねえ~。キノだってこんなの覚えたくも無いよ」
「キノさん、ですか?私、穂積鈴乃です」
「ご丁寧にどうも♪キノはキロノミー。キノでいいからね」
キノさんはニコニコと笑いながら名乗った。
さっきまでの暗い気分はどこに行ったのか。この世界に来て、初めてこんなに穏やかな気分になった。
…なか呪文恥ずかしいorz