手柄 :約2500文字
とある会社の休憩スペースにて――。
白を基調とした空間。端には自販機が並び、低い駆動音が鳴っている。淡い色の木のテーブルがいくつか置かれており、そのうちの一つに二人の男が向かい合って座っていた。
「いやー、すげえよな。さや――佐藤さん! 信じられるか? ちょっと前までただの新入社員だったのに、会社辞めてたった二年で社長だってよ!」
と、彼は紙コップを片手に身を乗り出すようにして言った。椅子にだらりと腰掛けていた同僚の三村は、背もたれに体を預けたまま肩をすくめ、ふっと鼻で笑った。
「まあねえ。まあ、彼女ならやると俺は最初からわかってたよ」
「えー、ほんとかあ?」
「マジマジ。俺、特別に目をかけてたもん」
「いやあ、目をかけてたっていうか、見事に口に釣り針が引っかかってたというか」
「ん?」
「いや、別に」
「おっす、お疲れー」
彼は目を逸らし、コーヒーを一口すすった。と、そこへもう一人の同僚、池田が休憩スペースに入ってきた。
「おーっす」
「お疲れー」
「なんの話してたの?」
池田は自販機の前に立ち、飲み物を選びながら訊ねた。
「佐藤さんだよ。おれ、昨日の夜さ、たまたま彼女がリムジンから降りてくるところ見ちゃってさ。思わず声かけたら、今、社長やってんだって!」
「へー。まあ、おさやさんなら驚きはしないかなあ」
「あ、そう? おれはめちゃくちゃ驚いたけどな。しかも派手なドレス着ててさあ。まあ、あれは正直ちょっとどうかと思ったけどな。なんかネット番組に出るらしいけど」
「勢いに乗ってるみたいだね。さすが僕の提言に乗っただけはあるなあ」
「ん? 提言?」
「そう。実は会社辞める前に、おさやさんから相談受けてたんだよね。それで僕が背中を押したわけ」
池田はペットボトルのお茶を取り出して振り返り、にやりと笑った。
「え、マジで? すげーな!」
「なあ」
「いやあ、すごいのはおさやさんだよ。僕が考えていた戦略とほぼ同じ戦略を取って、ちゃんと成功させたんだから。実はその頃、山本さんも辞めるか悩んでてさ。でも彼は僕の提言を蹴ったんだよ。で、今は窓際社員でしょ。見事に明暗が分かれたねえ」
「なあ……」
「へえ、そうだったのか。おれには全然そんな相談なかったな」
「いやあ、会社をすぱっと辞めて起業する決断ができる彼女は本当にすごいよ。自ら風を作り出したね」
「なーあああああ!」
突如、三村がダン! と床を蹴りつけ、声を荒げた。二人は同時に肩を揺らし、反射的にそちらへ振り向いた。
「え……どうした?」
「びっくりした。なに?」
「さっきから黙って聞いてりゃさ……はーあ、はあああ!」
「うるさいよ。急にどうしたんだよ」
「そうだよ。ここ会社だよ」
「お前は何の影響も与えてないから」
三村は背もたれに肘を乗せ、池田を睨み上げるようにして言った。
「決断したのは俺とおさやさんだから。何なのお前? 妄想狂? あ、たぶんそうなんだろうけど」
「え、どういうこと……?」
彼は戸惑いを隠せず、三村と池田の顔に交互に視線をやりながら訊ねた。
「おさやさんが起業する決断をしたのは、俺。最終的に、俺のアドバイスで彼女は腹をくくったの。お前は一切、何の影響力も発揮してないから。本当にゴミ屑の中二病だな。いい加減、現実見ろよ」
「熱量すご……いや、落ち着けよ」
「こいつが俺たちの苦労を無視して妄想垂れ流すからだ。マジでブチ殺すぞ」
「だから落ち着けって。お前も相談受けてて、それで彼女の役に立ったってことだな。すごいじゃん」
「“お前も”じゃねえ。“俺”な」
「わかった、わかったから」
「僕はただ適切なアドバイスをしただけだよ。本当にすごいのは、以前から温めていたアイデアを形にして結果を出したおさやさん本人だよ」
池田はわずかに首を傾げて言った。
「だから! お前は最初から最後まで、彼女に何の影響も与えていないから。現実から目を逸らして妄想に走るのも、いいかげんい、いい加減にしろ、ガチ屑」
「興奮しすぎて呂律回ってねえじゃねえか……。なあ、落ち着けって。どっちの手柄かなんてどうでもいいだろ。今の彼女が成功してる。それでいいじゃん」
彼は両手のひらを前に出し、宥めるように言った。
「そうだよ。まあ、別に僕の手柄だなんて思ってないけどね。知人として応援したり、アドバイスするのは人間としてごく当たり前のことだから」
「何の影響も与えていないぞ、クズが」
「まだ言ってんのかよ……もういいだろ」
「生きてるのが嫌になるレベルの報いをくれてやるわ。金の力でな」
「お前、たいして金持ってないだろ」
「謝罪しない限り、お前は永遠に俺らの敵だからな。永遠にぶちのめし続けるけど、その覚悟があるのなら、我を張ってな」
「アドバイスはしたけどね」
「お前も煽るなよ。はあ……ほら、そろそろ仕事に戻ろうぜ」
彼はため息をつき、椅子から腰を上げた。
「俺の決断だから……生きるのが苦しくなるまで、いや、その後だってやる。個人情報とか、全部晒す……」
「わかった。わかったから」
「電話番号教えろよ……。俺は0721117117だ。自分が正しいって言うなら出せよ……とことんやろう……やれよ、その程度。お前、マジで殺す。曖昧に受け取るなよ、殺す……」
「ぶつぶつ言うなよ。気持ち悪いな。ほとんど聞こえてねえぞ」
「あと、お前」
「え? おれ?」
「さっき、おさやさんのドレス姿批判しただろ。あのドレス、二十万だぞ。マジで殺すからな」
「いや、どうでもいいだろ、そんなの……」
「ゴミカスがよ……」
「僕もそれはゴミカスだと思う。あのドレスは最高だよ」
「だよな。ははは」
「うん。ははは」
「いや、おれを敵にして団結すんなよ……てか、お前ら今も佐藤さんから相談受けてんだ」
「いや、SNSで見た」
「僕も」
「SNSかよ」
「まあな。本アカじゃ見られないから、わざわざサブアカ作って、たまにアドバイス送ってるんだよ」
「ブロックされてんのかよ」
「ま、相談すらされないお前には、俺らの苦労や悩みはわからねえだろうけどな」
「ね。そういえば、たしかおさやさんの教育担当だったよね? なのに、か。僕が担当だったらなあ」
「ああ、あの頃ちょうど別れたしな。相談しづらかったんだろ」
「ん?」
「え?」
「おっ、噂をすれば、さやからだ」
彼はポケットからスマホを取り出し、画面を覗き込んだ。
「んー……『今夜』か。遊び相手はもう十分なんだけどなあ。まあ、暇だしいいか。じゃ、先戻るな」
そう言って彼はスマホをポケットにしまうと、軽く手を振り、休憩スペースを出ていった。
残された二人はしばらく呆然と出入り口を見つめ、やがてゆっくりと顔を見合わせると、ぽつりと呟いた。
「……アドバイス」
「……してもらおう」




