表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/36

第36話(最終話) エピローグ

魔王討伐から、3年が過ぎた。


世界は、吐き気を催すほど平和になっていた。

争いはなくなり、魔物は保護対象となり、勇者と魔王の物語は教科書の中の伝説となった。

人々は笑顔で挨拶し、譲り合い、明日への希望に満ち溢れている。


まさに、地獄のような「天国」だ。


***


王都の片隅。

古びたレンガ造りの建物の二階に、その「事務所」はあった。


『カデン悩み相談所 ~魔王から猫探しまで~』


看板は傾き、ドアノブは壊れかけている。

そして、朝から近所迷惑な怒号が響き渡っていた。


「起きろボケェェェェ!! いつまで寝とんじゃ!!」


ドゴォォォォン!!


壁を突き破るような衝撃音と共に、銀髪の美女が寝室に乱入してきた。

手にはフライパン。エプロン姿だが、その形相は鬼神の如し。


「ぶべらっ!?」


ベッドで惰眠を貪っていた青年――カデン・チヒロは、布団ごと蹴り飛ばされて床に転がった。


「い、痛い……! おはようのキスはないんですか!?」


「あるわけないやろ! これがウチ流の『目覚まし(キック)』や!」


シルフィがフライパンを振り上げる。

朝日を背負った彼女は、宝石のような碧眼をギラギラと輝かせていた。


『ピコン!』


> [ 検知:理不尽な暴力モーニング・アタック ]

> [ バッテリー急速充電……100%……120% ]

> [ 本日の体調:絶好調 ]


「あぁ……目が覚めた。血液が沸騰するようだ」


僕は床に這いつくばりながら、至福の吐息を漏らした。

平和すぎてストレスゼロのこの世界で、僕がこうして生きながらえているのは、ひとえに彼女のこの「DV(愛)」のおかげである。


「ほら、早よ着替えろ! 今日は依頼が入っとるんやぞ!」


「依頼? どうせまた『猫が木から降りられない』とかですか?」


「ちゃうわ! 『夫婦喧嘩の仲裁』や!」


「……僕たちにそれを頼むなんて、その夫婦も相当終わってますね」


僕は苦笑しながら立ち上がり、パジャマの埃を払った。


***


僕たちは、街を歩いていた。

かつて「変態」と呼ばれた男と、「狂犬」と呼ばれたエルフ。

今では、この街の名物「バカップル」として認知されている。


「おい見ろよ、あそこの二人」

「また喧嘩してる……」

「仲が良いわねぇ」


すれ違う人々が、微笑ましそうに(あるいは呆れて)僕たちを見る。


「なんでや! なんで仲が良いって言われるねん!

 ウチは本気でコイツをシメとるんやぞ!」


シルフィが顔を真っ赤にして怒鳴る。


「諦めてください、シルフィさん。

 あなたが僕を殴れば殴るほど、僕の顔色が良くなるのを、みんな知ってるんです」


「チッ……気色悪い体質やな!」


彼女は悪態をつきながらも、歩くペースを僕に合わせてくれている。

そして、誰も見ていない隙に、そっと僕の指に自分の小指を絡めてくる。


「……手、冷たいで」


「ええ。あなたの罵倒が足りないんじゃないですか?」


「……アホ」


彼女が指に力を込める。

痛い。爪が食い込んでいる。

でも、その痛みが「ここにいていいんだ」という許可証のように感じられる。


かつて僕は、幸福を毒だと思っていた。

安らぎを死だと思っていた。


でも、今は違う。


隣にこの騒がしい「嵐」がいる限り、僕の安らぎは破壊され続け、平穏は乱され続ける。

この「終わらない日常」こそが、僕にとっての最適な環境ビオトープなのだ。


「なぁ、カデン」


不意に、シルフィが立ち止まった。


「ん? どうしました?」


「……お前、今、幸せか?」


彼女は僕を見上げ、少し不安そうに眉を寄せた。

3年前、僕が「幸せすぎて死にかけた」ことが、まだトラウマになっているらしい。


僕は、彼女の碧眼をまっすぐに見つめ返した。

そして、心からの本音を告げた。


「いいえ。最悪ですよ」


僕はニヤリと笑った。


「毎日殴られるし、罵倒されるし、こき使われるし。

 心臓は休まらないし、命の危険を感じる毎日です。

 ……本当に、最低で最悪な気分です」


それを聞いたシルフィは、一瞬きょとんとし、

次の瞬間、太陽のように晴れやかに笑った。


「そか! ざまあみろや!」


「ええ。だから……」


僕は彼女の小指を握り返した。


「明日も、明後日も、その先もずっと。

 僕を最悪な気分にさせてくださいね、パートナー」


「任しとき! 一生、地獄を見せたるわ!」


シルフィが僕の背中をバン!と叩く。

肺の中の空気が全部出るほどの衝撃。


『ピコン』


> [ ダメージ検知:愛の鞭 ]

> [ バッテリー残量:∞(インフィニティ) ]


僕たちは再び歩き出した。

どこまでも続く、青すぎる空の下へ。

平和という名の絶望と、愛という名の恐怖を抱きしめて。


僕の人生ストーリーは、ここで一旦幕を閉じる。

でも、システムログはまだ続いているようだ。


視界の端に、最後のメッセージが点滅していた。




[ System Log ]


[ プレイヤー名:カデン・チヒロ ]

[ 状態:生存(活動中) ]

[ ステータス:呪い(共依存)によりログアウト不可 ]


[ 警告:この地獄は永遠に続きます(推奨:末永く爆発しろ) ]



(完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ