第34話 最後のデート
魔王城から一番近い、国境の街。
そこは今、魔王討伐の祝賀ムード一色に染まっていた。
「魔王が死んだぞー!」
「平和が来たんだ!」
「今日は朝まで飲み明かすぞー!」
紙吹雪が舞い、楽団が音楽を奏で、人々が抱き合って喜んでいる。
本来なら、陰キャの僕が最も忌み嫌う「リア充の巣窟」だ。
だが、今の僕には、その喧騒すらも遠い。
「……カデン、大丈夫か? 足、消えかかってるで」
「平気ですよ。まだ歩けます」
僕は透け始めた足で、石畳を踏みしめた。
感覚はもうほとんどない。まるで雲の上を歩いているような浮遊感。
バッテリー残量――いや、僕の存在維持時間は、あと数時間を切っていた。
「さあ、シルフィさん。行きましょう。
『カップルらしいこと』を全部やるんです」
僕は、彼女の右手を掴んだ。
「ッ……」
シルフィがびくりと肩を震わせる。
いつもなら「気安く触んな!」と振り払うところだ。
だが、今の彼女は、僕の手を――そっと、壊れ物を扱うように握り返してきた。
ギュッ。
その掌の温もりが、僕の腕を伝わり、心臓を直接溶かしていく。
『ピコン』
> [ 幸福度上昇:恋人繋ぎ ]
> [ ダメージ:大 ]
> [ 残り時間:5時間……4時間…… ]
「ぐっ……! 効きますねぇ……!」
「バカ! やっぱ離そう! お前、めっちゃ顔色悪いで!?」
「いいえ、離しません!
この『温かさ』こそが、僕が求めていた猛毒なんです!」
僕は冷や汗(光の粒子)を流しながら、彼女の手を強く握りしめた。
痛い。苦しい。
でも、それ以上に愛おしい。
***
僕たちは、街の屋台を巡った。
「ほら、クレープや。甘いやつ、好きやろ?」
シルフィが、生クリームたっぷりのクレープを買ってきた。
そして、顔を真っ赤にしながら、それを僕の口元に差し出す。
「……あーん」
「ぶふっ!?」
僕は噴き出しそうになった。
あの暴力的でガサツなシルフィが、「あーん」だと?
これは破壊力が高すぎる。核兵器級だ。
「は、早よ食えや! 恥ずかしいやろ!」
「いただきます……ハムッ」
甘い。
砂糖の甘さと、彼女の不器用な優しさが、舌の上でとろける。
『ピコン!!』
> [ 幸福度上昇:パートナーからの餌付け(あーん) ]
> [ 判定:糖分過多 ]
> [ 残り時間:2時間……1時間半…… ]
「ごふっ……!」
僕は口からキラキラした光を吐血した。
視界が霞む。
世界が回る。
たった一口のクレープで、寿命が数時間吹っ飛んだ。
「カデン!? 吐いた! 光吐いたで!?」
「最っ高に……美味しいです……」
僕はふらつきながら、それでも笑った。
死に近づくたびに、思い出が鮮烈に刻まれていく。
***
日は傾き、夕暮れが街をオレンジ色に染めていく。
僕たちは、街を一望できる丘の上のベンチに座っていた。
僕の体は、もうほとんど輪郭しか残っていなかった。
向こうの景色が完全に透けて見える。
声も出にくい。
「……なぁ、カデン」
隣に座るシルフィが、膝の上で拳を握りしめていた。
「ほんまに、これでええんか?
ウチと一緒におって……苦しいだけやのに」
「いいえ」
僕は首を横に振った。
首の感覚はないけれど、意思だけは伝えたかった。
「苦しいから、いいんです」
僕は、透けた手で彼女の頬に触れた。
触れている感触はない。
でも、彼女の肌の熱だけは、魂に焼き付いている。
「あなたと一緒にいると、胸が苦しくて、痛くて、死にそうになる。
……それが、僕が生きていた何よりの証拠ですから」
平和な世界で、何事もなくのっぺりと生きる百年より。
あなたという劇薬に侵されて、もがき苦しむこの一瞬の方が、僕には価値がある。
「……アホなこと言うなや」
シルフィが俯いた。
ポタ、ポタ、と彼女の膝に滴が落ちる。
「ウチ……お前がおらんと……誰を殴ればええねん……」
「誰に……罵倒すればええねん……」
彼女が泣いている。
その涙を見るたびに、僕の存在が削れていく。
ああ、なんて贅沢な最期だ。
『ピコン』
> [ 残り時間:10分…… ]
そろそろだ。
太陽が沈み、夜が来る。
その闇と共に、僕という「バグ」は修正される。
「シルフィさん」
僕は最後の力を振り絞って、彼女の肩を抱いた。
実体はない。ただの光の腕だ。
それでも、彼女は僕の胸に寄りかかってくれた。
「最後に、お願いがあります」
「……なんや。言うてみ」
「僕が消えたら、すぐに新しいサンドバッグを見つけてくださいね。
あなたは寂しがり屋だから、一人だとすぐに死んじゃいますから」
「……っ、ふざけんな!」
彼女が僕の胸板(だった場所)を叩いた。
手応えはなく、彼女の手は僕の体をすり抜けた。
「スカッ」
その虚しい音が、僕たちの終わりを告げた。
「……あ」
シルフィが、自分の手を見つめて呆然とする。
触れない。
もう、叩くことすらできない。
「……あかん。行くな……」
彼女が、なりふり構わず僕に抱きつこうとする。
だが、その腕は空を切るだけだ。
「カデン!!」
「ありがとう、シルフィ」
僕は笑った。
人生で一番、自然で、穏やかな笑顔で。
「君のおかげで、最高の地獄でした」
『ピコン』
> [ 残り時間:0 ]
> [ 幸福度:完充 ]
> [ システム:シャットダウン ]
プツン。
世界から音が消えた。
僕の視界は光に包まれ、そして――唐突に、意識が途絶えた。
(続く)




