表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/36

第32話 最後の「英雄」

「おおおおおお!!」


僕は白い虚無の空間を疾走した。

魔王が左手で展開する「削除デリート」の光線が、雨のように降り注ぐ。


『対象を消去』『エラー』『消去不能』


白い光が僕の体に触れた瞬間、ジュッ!と音を立てて蒸発する。

僕から溢れ出る「執着エゴ」の熱量が、システムの論理削除すらも焼き尽くしているのだ。


「馬鹿な……! ありえない!」


魔王グランレオンが、ノイズ混じりの声を上げる。


「なぜ拒む! 苦しいだろう! 辛いだろう!

 彼女がいなければ、君は永遠に安らげるんだぞ!」


「知ったことかあああ!!」


僕は魔王の懐に飛び込んだ。

防御結界? 関係ない。

概念的な壁ごと、強引にこじ開ける。


「安らぎなんてクソ食らえだ!

 無菌室で腐っていくだけの『幸せ』なんて、俺には猛毒なんだよ!」


ドガァァァァン!!


僕の拳が、魔王の展開した障壁を粉砕した。

破片がキラキラと散る中、僕は叫んだ。


「俺はな、知ってるんだよ!

 あいつ(シルフィ)に罵倒されると、ムカつくけど心臓が動く!

 あいつに殴られると、痛いけど生きてるって感じる!

 あいつが笑うと……怖いくせに、目が離せなくなるんだよ!」


それは「愛」なんて綺麗な言葉じゃない。

もっと生存に直結した、生物としての渇望。


「俺は地獄で結構だ!

 あいつがいるなら、そこが俺にとっての『天国』なんだよ!!」


「……っ!」


魔王が息を呑む。

その隙だ。

僕は、ありったけの恐怖と、未練と、ワガママを込めた右拳を振りかぶった。


これは勇者の剣じゃない。

ただの、ひねくれた男の駄々っ子の拳だ。


「返せぇぇぇぇぇぇ!!!」


ズドォォォォォン!!!


僕の拳が、魔王の胸――その左半身(人間)と右半身バグの境界線にある「核」を貫いた。


衝撃が走る。

白い世界に亀裂が入り、ガラスのように砕け散っていく。


「が、はっ……」


魔王が膝をついた。

彼の体から、白い光が失われ、元の玉座の間の薄暗い空気が戻ってくる。


そして、彼の右半身を覆っていたノイズが消えた。

そこには、欠損した肉体ではなく――穏やかな人間の体が戻っていた。


「……負けた、か」


魔王は、貫かれた胸を押さえながら、どこか晴れやかな顔で僕を見上げた。


「不思議だね。

 君の拳は……痛かったよ」


「……あ?」


「君は、私に『痛み(生の実感)』を思い出させてくれた。

 ただの一人の『元人間(被害者)』としての痛みを」


魔王の体が、光の粒子となって崩れ始めた。

消滅ではない。解放だ。

彼もまた、システムという呪縛から解き放たれようとしている。


「……シルフィは?」


僕は肩で息をしながら問うた。

魔神化のオーラが消え、いつもの泥だらけのパジャマ姿に戻る。


「安心していい。

 最期の力で、システムを巻き戻した(リストアした)」


魔王が指差す先。

玉座の間の入り口付近に、透き通るような銀髪を広げた少女が倒れているのが見えた。

その長い耳が、微かに動いている。

生きている。存在している。


「よかった……」


僕はその場にへたり込んだ。

一気に力が抜ける。



魔王が微笑んだ。


「世界を救うためじゃなく。

 たった一人の少女を手放したくないという、君自身の『エゴ』のために、世界の理を殴り飛ばすなんて」


彼の足が消え、胴体が消えていく。


「羨ましいな」


最後に、彼は僕の目をまっすぐに見つめた。

その瞳には、かつて彼が失ってしまった「希望」が映っていた。


「君たちの未来に、幸多からんことを。

 ……いや、君の場合は『不幸多からんことを』と言うべきかな?」


フッ、と彼は悪戯っぽく笑い。

そして完全に、光となって天へと昇っていった。


玉座の間には、僕と、倒れているシルフィだけが残された。

静寂。

だが、それはさっきまでの「死の静寂」ではない。

遠くから風の音が聞こえ、シルフィの寝息が聞こえる、生きた静けさだった。


「……ふん。余計なお世話ですよ」


僕は誰もいない玉座に向かって、悪態をついた。


そして、這うようにしてシルフィの元へ向かう。

彼女の頬に触れる。

温かい。

柔らかい。

質量がある。


「……帰ってきた」


僕の「日常」が。僕の「恐怖」が。

僕の生きるための電源が、ここにある。


「ん……ぅ……」


シルフィが眉を寄せ、ゆっくりと目を開けた。

宝石のような碧眼が、僕を捉える。

焦点が合う。認識する。


「……カデン?」


「はい。カデンですよ。あなたのサンドバッグです」


「……なんか、変な夢見とったわ」

シルフィがぼんやりと呟く。

「真っ白な場所で……お前のこと忘れて……すっごい寂しい夢」


「へぇ、奇遇ですね。僕もですよ」


「……アホか」


彼女が、ふにゃりと力なく笑った。

その笑顔を見た瞬間。


ドクン。


僕の心臓が大きく跳ねた。


『ピコン!』


> [ 任務完了:魔王討伐 ]

> [ 報酬:世界の平和 ]

> [ 現在の幸福度:測定不能(MAX) ]


あ。

まずい。


魔王を倒した達成感。

シルフィを取り戻した安堵感。

彼女の笑顔。


それらが一気に押し寄せてきた。


「……あれ?」


視界が歪む。

体が透け始める。

手足の感覚がなくなる。


そうだった。

戦いが終われば、そこには「平和」が待っている。

僕にとっての致死性の猛毒が、世界中に満ち溢れようとしているのだ。


「カデン……? おい、なんやその手……透けて……?」


シルフィが目を見開く。


「……どうやら、僕の役目は終わったみたいですね」


僕は苦笑いした。

魔王という最大のストレス源がいなくなり、世界はハッピーエンドを迎えた。

つまり、僕の死刑執行の時間だ。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ