表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/33

第28話 真空の玉座

ギギギギギギギ…………。


重厚な扉が悲鳴を上げて開く。

僕は覚悟を決めて、その中へと足を踏み入れた。


背中には、呼吸が浅くなった瀕死のシルフィ。

外には数千の魔物たちの殺意。

そして目の前には、世界を統べる恐怖の権化がいるはずだ。


「さあ、来い! 絶望エナジーをくれ!

 僕を恐怖のどん底に突き落とし、その代償に彼女を助けろ!!」


僕は吠えた。

肺一杯に、ドス黒い瘴気を吸い込むつもりだった。


だが。


「…………」


無音。

そこには、何もなかった。


いや、空間はある。

広大な玉座の間。

しかし、そこだけ空気が切り取られたかのような「完全な静寂」が支配していた。


肌にまとわりつく湿気もない。

鼻をつく血や硫黄の臭いもしない。

あるのは、鼓膜の奥でキーンと鳴り続ける、不快な耳鳴りだけ。

まるで、真空パックされた無菌室に放り込まれたような、生理的な息苦しさ。


『ピコン……』


> [ 警告:環境データの読み込みに失敗 ]

> [ 判定:『ヌル』 ]

> [ バッテリー残量:……変動なし ]


(な、なんだ……?)


殺気がない。敵意がない。

僕のシステムが、恐怖も幸福も検知できず、沈黙している。

それが逆に、毛穴が開くほど不気味だった。


「――よく来たね」


広い空間の中央。

階段の上に置かれた黒曜石の玉座から、声が降ってきた。


「哀れな被害者たちよ」


そこに座っていたのは、一人の男だった。

見上げるほどの巨躯でもなければ、怪物の姿でもない。

仕立ての良い黒いタキシードを着た、白髪の紳士。


だが、その姿を見た瞬間、僕の網膜にノイズが走った。


「う、ぐ……ッ!?」


目が痛い。

直視できない。


彼の左半身は、整った人間の姿をしている。

だが、右半身が存在しなかった。

血が流れているのではない。そこにあるはずの空間が、ザザッ……という荒い砂嵐ノイズのような「バグ」に侵食され、輪郭が崩壊しているのだ。


「……下がれ」


彼――魔王グランレオンが、軽く手を振った。


それだけで、背後の扉の外にいた数千の魔物たちの気配が、霧散した。

殺意の波動が消える。

ケルベロスも、ガーゴイルも、恐れをなして一瞬で逃げ去ったのだ。


(ま、待ってくれ! 行かないでくれ!)


僕のバッテリー源(殺意)が遠ざかっていく。

残されたのは、僕と瀕死のシルフィ。そして、この得体の知れない「バグった紳士」だけ。


「魔王……グランレオン……か?」


僕は震える声で問うた。

恐怖からではない。この状況への困惑と、彼から漂う「無機質な匂い」――オゾンと焦げた配線が混ざったような臭いへの嫌悪感からだ。


「そう呼ばれているね。システム上は」


魔王は穏やかに微笑んだ。

その笑顔には、悪意も善意もない。ただ、深く静かな「虚無」だけが張り付いている。


僕はシルフィを床に下ろし、膝をついた。

彼女の顔色は土気色で、今にも呼吸が止まりそうだ。


「頼む……! 取引をしてくれ!

 あんたが世界を憎んでいるなら、僕が手伝う!

 一生奴隷になったっていい! だから……この子の傷を治してくれ!」


僕は額を床に擦り付けた。

プライドなんてない。

彼女が助かるなら、悪魔に魂を売ることくらい、喜んでやる。


だが、魔王の反応は冷淡だった。


「治す? なぜだ?」


「……は?」


「彼女を治せば、また彼女は『戦い』に戻る。

 傷つき、恐怖し、痛みに耐える日々が続く。

 ……それは本当に、彼女への『救い』なのかい?」


魔王は玉座から立ち上がり、ゆっくりと階段を降りてきた。

右半身のノイズが、床に触れるたびにジジジ……と空間を焦がす。


「そ、それは……生きるためなら……!」


「生きることは、苦痛だ」


彼が僕の目の前まで来る。

冷たい。

彼が近づくと、周囲の気温が下がるのではない。

「感情」という熱量が吸い取られていくような感覚。


「私は敵ではない。

 君たちを、この終わらない『生の苦しみ』から解放するために待っていたんだ」


魔王が手を伸ばし、苦しむシルフィの頬に触れようとした。


「や、やめろ……!」


僕は咄嗟にシルフィを庇った。

直感したのだ。

こいつの言う「解放」は、回復魔法なんかじゃない。

もっと根源的な――存在そのものを消し去るような「何か」だと。


『ピコン』


> [ 検知:対象からの『純粋な慈悲』 ]

> [ 警告:敵意なし。害意なし。殺意なし。 ]

> [ バッテリー状態:……放電を開始します ]


「抵抗するのか。……哀れだね」


魔王は悲しげに目を細めた。

怒るわけでもなく、ただただ「可哀想な子供」を見るような目。


「君たちはまだ知らないだけだ。

 この世界の真実システムを。

 なぜ、君のような異物が呼び出され、なぜ彼女のような人間が傷つかねばならないのかを」


ザザッ……!!


魔王の右半身のノイズが激しく明滅した。

玉座の間全体が、不快な電子音で震える。


「教えてあげよう。

 そして、君たちを『楽』にしてあげよう」


シルフィの傷は治らない。

痛みは続く。

だが、それ以上の「絶望的な安息」が、静かに僕たちの首を絞め始めていた。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ