第27話 魔王城突入
「……はぁ、はぁ……!」
頭突きを放った直後、シルフィは糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。
当然だ。グリフォンの爪による裂傷は深く、出血も止まっていない。
「シルフィ! おい、しっかりしろ!」
返事はない。呼吸が浅い。
このままではマズい。
「……くそっ、急ぐぞ!」
僕は彼女を背負い上げた。
華奢な体。血の温もりと重さが、背中越しに僕の心臓を締め付ける。
『ピコン』
> [ 恐怖値を検知:パートナーの喪失危機 ]
> [ バッテリー出力:最大効率化 ]
皮肉なことだ。
彼女が死にそうになればなるほど、僕の脚力は爆発的に向上する。
この呪われたシステムのおかげで、僕は人間離れした速度で「魔大陸」の荒野を駆け抜けることができた。
***
目の前に、そびえ立つ絶望があった。
魔王城「パンデモニウム」。
天を突く黒い尖塔。
城の周囲にはマグマの堀が煮えたぎり、空は常に雷雲に覆われている。
空気そのものが重く、吸い込むだけで肺が焼け付くような硫黄の臭い。
「……素晴らしい」
僕は荒い息を吐きながら、うっとりとその光景を見上げた。
ここには「平和」がない。「安心」もない。
あるのは純度100%の「敵意」と「殺意」だけ。
背中のシルフィが小さく呻いた。
時間がない。
僕は跳ね橋の前へ躍り出た。
そこには、巨大な門番が立っていた。
「グルルルル……」
身長5メートルはある、三つの首を持つ番犬――ケルベロス。
その口からは、青白い炎が漏れ出している。
「人間……去れ……。さもなくば食らうぞ……」
地響きのような声。
普通の人間なら腰を抜かす威圧感。
だが、僕は懐から「黒い封筒(招待状)」を素早く取り出し、ケルベロスの鼻先に突きつけた。
「これを見ろ!!」
「グルッ……!?」
ケルベロスの三つの首が同時に反応した。
封筒に刻印された「逆さ十字に貫かれた髑髏」の紋章を見るなり、巨大な魔獣の喉が鳴った。
「……魔王様の……直筆招待状……」
ケルベロスは不満げに鼻を鳴らしたが、魔王の命令には逆らえないらしい。
ズズズ……と巨大な体を沈め、しぶしぶと道を空ける姿勢を取った。
「失礼した……通れ、人間……」
「……へへっ」
その従順な姿を見て、僕の中で何かが弾けた。
シルフィの危機による「恐怖」と、魔王城の「重圧」。
それらでバッテリーがパンパンになっていた僕は、この最強のパスポート(招待状)を手にして、気が大きくなってしまったのだ。
「いい子だ、ワンちゃん。お詫びのしるしに……ほら」
僕はニヤニヤしながら、右手を差し出した。
「おて」
「…………」
ケルベロスの三つの首が、ピタリと止まった。
六つの瞳が、冷ややかに僕を見下ろす。
明らかに「調子に乗るなよ、人間風情が」と言っている。
だが、こっちは「魔王の客」だ。逆らえるはずがない。
「どうした? 聞こえないのか? お・て」
「……グルル」
ケルベロスは低く唸ると、諦めたように右の前足を持ち上げた。
ああ、なんて可愛い番犬だ。
「よしよし、いい子d――」
ブンッ!!
空気が裂ける音がした。
「おて」のために差し出されたはずの巨大な爪が、握手ではなく「斬首」の速度で横なぎに払われたのだ。
「ッ!?」
シュンッ!!
僕は反射的に、限界突破した脚力でバックステップした。
鼻先数センチを、鋭利な爪が風を切って通り過ぎる。
その風圧だけで、頬の皮が切れそうになった。
「グォン……(手が滑った)」
ケルベロスが「わざとらしい」顔で舌なめずりをする。
(あ、ぶねぇ……!)
ドッと冷や汗が吹き出る。
今のは冗談抜きで首が飛んでいた。バッテリーが限界突破して身体能力が強化されていなければ、シルフィごとミンチになっていたところだ。
『ピコン』
> [ 恐怖値を検知:冗談が通じない相手 ]
> [ バッテリー急速充電……MAX ]
(調子に乗った……! やっぱりこいつら、手加減なしのガチのバケモノだ!)
一気に酔いが覚めた。
ここは動物園じゃない。魔界だ。
「招待客」という肩書きがあっても、ナメた真似をすれば「事故」に見せかけて殺される。
「……あー、ごめん。急いでるんだった」
僕は引きつった笑みを浮かべ、逃げるように跳ね橋を駆け抜けた。
その先には、地獄のパレードが待っていた。
玉座の間へと続く長い回廊。
その両脇に、武装したスケルトン、ガーゴイル、デュラハンといった上級魔族たちが、整然と列をなして並んでいる。
僕が足を踏み入れた瞬間。
数千の視線が、一斉に僕に突き刺さった。
「…………」
「…………」
無言。
誰も声を発しない。
だが、その全員が、今すぐに僕を八つ裂きにして食らいたいという「殺意」を、魔王の命令という鎖だけでギリギリ抑え込んでいる。
(これだ……これだよ……!)
ケルベロスの一件で身が引き締まった。
一瞬でも気を抜けば死ぬ。
この「針のむしろ」のような緊張感こそが、今の僕の命綱だ。
「魔王グランレオン様!!
入社希望のカデン・チヒロ、ただいま到着しましたぁぁぁ!!」
僕は、殺意のレッドカーペットを堂々と走り抜けた。
背中のシルフィが苦しげに息をするたび、僕の恐怖(喪失への恐れ)と、周囲からの圧力(外敵への恐れ)が混ざり合い、バッテリーを限界まで押し上げる。
そして。
最奥にある、ひときわ巨大で禍々しい扉の前へ。
ここを開ければ、世界の支配者が待っている。
この世で最も恐ろしい存在。
そして、今の僕たちにとっての唯一の希望。
「待ってろ、シルフィ。
今、最高に最悪な『救い』を叩き起こしてやるからな」
僕は震える手で、玉座の間の扉を押し開けた。
ギギギギギギギ…………。
重い扉が開く。
そこから溢れ出したのは、僕が想像していた「殺気」でも「闇」でもなかった。
(続く)




