第24話 魔王からの招待状
王都の大闘技場から出ると、そこはパラダイスだった。
「帰れ! 卑怯者!」
「二度と王都の地を踏むな!」
「騎士団長の顔に泥を塗るなんて!」
沿道の人々から、石や腐った野菜が飛んでくる。
僕は、飛んできたトマトを顔面で受け止め、その酸味と冷たさにうっとりと目を細めた。
「……ふぅ。生き返る」
トマトの汁が頬を伝う。
この屈辱。この敵意。
さっきの決闘で「勝利」を得てしまい、少しだけバッテリーが減っていたが、この罵声のおかげで即座にフルチャージされた。
王都のキラキラした空気も、今や僕にとっては心地よい「殺伐とした空気」に変わっている。
「……お前、ほんまにメンタルどうなっとるん?」
隣を歩くシルフィが、フードを目深にかぶりながら呻いた。
彼女は「卑怯者の相棒」として指をさされるのが恥ずかしくてたまらないらしい。
「最高ですよ、シルフィさん。
見てください、あの老婆の目。親の敵を見るような憎悪……ゾクゾクしますね(生存本能的な意味で)」
「もー嫌や。はよ宿帰ろ。一番安い、ゴキブリが出る宿に」
「気が利きますね! 愛してますよ!」
「愛すな! 寒気するわ!」
バシッ!
彼女の裏拳が僕の側頭部を捉える。
物理的な痛みと共に、僕の脳内システムが正常稼働を確認する。
ああ、平和だ。
***
その日の夜。
僕たちが宿泊しているスラム街のボロ宿に、一人の「訪問者」が現れた。
窓の外で、バサバサという羽音が響く。
カラスではない。もっと巨大で、不吉な羽音だ。
「……なんや?」
シルフィが短剣を抜く。
僕は窓を開けた。
そこには、黒いタキシードを着た、小さなコウモリ男(使い魔)が浮いていた。
赤い目が、闇の中で妖しく光っている。
「ヒッ……!」
僕は息を呑んだ。
不気味だ。怪しい。絶対に関わってはいけない「闇の住人」の気配。
『ピコン』
> [ 恐怖値を検知:魔界の眷属 ]
> [ バッテリー微増……105% ]
(……素晴らしい!)
聖女の使い(白鳩)なら即座に窓を叩き割って追い出すところだが、こいつなら歓迎だ。
この禍々しいオーラこそ、安眠の友だ。
「貴様が……カデン・チヒロか?」
コウモリ男が、しゃがれた声で問う。
「はい、そうです! 何か呪いの言葉でも届けに来てくれたんですか?」
「……?」
コウモリ男が一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに気を取り直して、懐から一通の封筒を取り出した。
漆黒の封筒に、深紅の蝋で封がされている。
そこには、禍々しい紋章――「逆さ十字に貫かれた髑髏」が刻印されていた。
「我が主、魔王グランレオン様からの親書だ」
「魔王……!?」
シルフィが色めき立つ。
魔王グランレオン。人類の敵。この世界を恐怖のどん底に陥れる、諸悪の根源。
つまり、僕にとっては「最高の癒やし手」である。
「受け取れ。そして震えるがいい」
コウモリ男は封筒を投げ捨てると、高笑いを残して夜空へと消えていった。
僕は震える手で封筒を拾い上げた。
封を切る。中から出てきたのは、血文字で書かれた招待状だった。
『親愛なる、最大級の変質者へ』
書き出しからして最高だ。僕の本質をよく理解している。
『貴様の活躍は聞いている。
サキュバスの精神攻撃を「ご褒美」として飲み込み、あのレオナルドの「光」を「泥」で蹂躙したそうだな。
ククク……実に愉快だ。貴様のような、常識外れの「闇」を持つ人間には久しぶりに出会った』
褒められている。
魔王から「闇」だと認定された。
これは、就職活動で言えば「採用通知」に等しい。
『単刀直入に言おう。
貴様を、我が居城「パンデモニウム」へ招待する。
そこで貴様の実力を見極め……もし我が眼鏡に叶えば、貴様を「魔王軍・特別顧問(人間代表)」として迎え入れよう』
「えっ」
「はぁ!?」
シルフィが素っ頓狂な声を上げた。
「魔王軍にスカウト!? お前がか!?」
「……なんてことだ」
僕は手紙を胸に抱きしめ、天を仰いだ。
魔王城。
そこは、凶悪な魔物たちがひしめき合い、常に殺気と暴力が支配する、地獄のような場所だという。
聖女のような「善意」や「回復魔法」など存在しない、完全なるブラック企業。
「……天国じゃないか」
「は?」
「シルフィさん、考えてもみてください!
魔王城に行けば、毎日四方八方から殺意を向けられるんですよ?
廊下を歩けばトラップがあり、食堂に行けば毒入りスープが出る(かもしれない)。
息をするだけでバッテリーが充電され続ける、夢の『永久機関』がそこにあるんです!」
「お前、発想がサイコパスすぎるやろ……」
シルフィがドン引きしている。
『追伸:
もし来なければ、貴様の居場所を特定し、聖女アマリアに「カデンはここにいます」と通報する』
「行く!! 今すぐ行きます!!」
僕は即決した。
聖女に見つかって「慈愛の監禁生活」を送るくらいなら、魔王に拷問される方が一億倍マシだ。
「準備だ、シルフィ!
荷物をまとめろ! 目指すは魔大陸、パンデモニウムだ!」
「……はぁ。しゃあないな」
シルフィがやれやれと肩をすくめた。
「どうせ王都におったら、レオのファンクラブに刺されるしな。ほとぼりが冷めるまで、魔王城に高飛びするんも悪くないか」
「さすが共犯者! 話が早い!」
こうして、僕たちの次なる目的地は決まった。
人類の希望(王都)を捨て、絶望の中心(魔王城)へ。
だが、僕はまだ知らなかった。
魔王グランレオンが、単なる「怖い支配者」ではなく――僕のこのねじ曲がったシステムにとって、「最大のバグ要因」になり得る存在だということを。
(続く)




