第20話 イケメン騎士団長レオ
魔王軍のダンジョン(安全地帯)を後にした僕たちは、数日かけて王都「キングス・ランディング」に到着した。
城門をくぐった瞬間、僕は絶望した。
「……眩しい」
物理的にではない。
この街に満ちる「希望」と「活気」が、視神経を焼き切るほどに輝いているのだ。
整備された石畳。色とりどりの果実が並ぶ市場。笑い合う恋人たち。
どこを見ても「幸せ」しかない。
「あー、やっぱ王都はええな。活気があって」
シルフィが伸びをする。
彼女にとっては快適な都会でも、僕にとっては「高濃度の放射能汚染地帯」に等しい。
「シルフィさん……早めに裏路地かスラム街へ行きましょう。このメインストリートは空気が澄みすぎていて、肺が腐りそうです」
「お前はゴキブリか。せっかく来たんやから、ちょっとは観光させぇや」
彼女がスタスタと歩き出す。
僕は日陰を選んで、コソコソとその背中を追った。
その時だった。
「――おや? そこにいるのは、シルフィナ殿ではありませんか?」
爽やかすぎる声が、雑踏のノイズを切り裂いて響いた。
その声に含まれる「イケメン周波数」が、僕の鼓膜を不快に震わせる。
振り返ると、そこには「発光体」がいた。
純白のプレートアーマー。
太陽の光を浴びて輝く金髪。
サファイアのように澄んだ瞳。
そして、背景にバラの花が舞っていると錯覚させるほどの、完璧な美貌。
王宮騎士団長、レオナルド・ブレイブ。
「……うわっ」
僕は思わず手で顔を覆った。
直視できない。
彼から放たれる「正義」と「高潔」のオーラが、僕のような日陰者の網膜を焦がしてくる。
聖女アマリアが「精神的な毒」だとしたら、こいつは「物理的な閃光弾」だ。
「……ゲッ。レオか」
シルフィが露骨に嫌そうな顔をする。
どうやら知り合いらしい。
「奇遇ですね。こんなところで貴女にお会いできるとは」
レオが優雅に歩み寄り、シルフィの手を取った。
その動作一つ一つが、映画のワンシーンのように洗練されている。
「相変わらず美しい。戦場に咲く花とは、貴女のことだ」
「離せや。寒イボ出るわ」
シルフィが手を振りほどこうとするが、レオは爽やかな笑顔(歯がキラーンと光った気がした)で離さない。
周囲の女性たちが「キャーッ! レオ様よ!」「なんてお似合いなの!」と黄色い声を上げる。
完璧な絵面だ。
美男美女。騎士とエルフ。
誰もが祝福する、王道のカップル。
その光景を見た瞬間。
ドクン。
僕の心臓が、妙な跳ね方をした。
(……ん?)
なんだ、今の鼓動は。
「恐怖」か?
いや、違う。レオはまだ僕に剣を向けていないし、殺気も放っていない。
むしろ、シルフィに向けられているのは「好意」だ。
なのに、なぜだ。
彼がシルフィの白い手に触れているのを見ただけで、胃の奥が鉛を飲み込んだように重くなる。
胸の奥が、雑巾絞りされたようにキリキリと痛む。
息が苦しい。
聖女の回復魔法を浴びた時のような「不快感」とも違う。
もっと粘り着くような、焦げ付くような黒い感情。
『ピコン……ガガッ……』
脳内のシステム音が、ノイズ混じりに鳴った。
> [ 警告:未知のストレッサーを検知 ]
> [ 分類:嫉……妬……? エラー ]
> [ 判定不能:恐怖(Fear)ではありません……が、心拍数の急上昇を確認 ]
(エラー?)
システムがバグっている?
「嫉妬」? 馬鹿な。
僕が、この歩く充電器に、そんな人間らしい感情を抱くわけがない。
これはきっと、「所有権の侵害」に対する危機感だ。
そうだ。彼女は僕の「専属トレーナー(虐待係)」だ。
それを、こんなポッと出のキラキラ騎士に奪われてたまるか。
もし彼女がいなくなったら、誰が僕を罵倒してくれるんだ? 誰が僕を蹴り飛ばしてくれるんだ?
「……俺の死活問題だ」
僕は、ギリリと奥歯を噛み締めた。
その痛みで、ようやく思考がクリアになる。
これは「愛」じゃない。「生存競争」だ。
「……あの」
僕は、日陰から這い出た。
ヨレヨレのパジャマ姿で、キラキラと輝く二人の間に割って入る。
「どなたですか? 僕のシルフィさんに、気安く触らないでいただけますか」
「……あ?」
レオが、初めて僕に気づいたように視線を下ろした。
その目は、路傍の石を見るように冷ややかで――しかし、完璧な「紳士の仮面」の下に、微かな侮蔑の色を隠していた。
「おや、失礼。視界に入らなかったもので」
レオがニコリと笑う。
その笑顔は美しいが、聖女のような慈愛はない。
「自分より下等な生物」に向けられる、無自覚な傲慢さ。
(……いいぞ)
僕はゾクゾクした。
この男、ただのイケメンじゃない。
内面に、鼻持ちならない「エリート意識(毒)」を隠し持っている。
聖女が「混ぜるな危険」の劇薬なら、こいつは「鼻につく排ガス」だ。吸い込めば十分にストレスになる!
「僕はカデン。彼女の……そう、パートナー(共犯者)です」
「パートナー?」
レオが、ふっと鼻で笑った。
「貴様のような貧相な男が? シルフィナ殿の隣に立つなど、冗談も休み休み言いたまえ。彼女にふさわしいのは、私のような『光』ある者だけだ」
「光……?」
僕はニヤリと笑った。
「お生憎様。彼女はね、僕のような『闇』を踏みつけるのが趣味なんですよ。
あなたのそのピカピカの鎧じゃ、彼女の靴底が滑って踏み心地が悪いでしょうねぇ!」
「……は?」
レオの笑顔が凍りついた。
シルフィが「こいつ何言うてんねん」という顔で頭を抱える。
その時。
僕の背後の空に、奇妙な「亀裂」が走った気がした。
『ギギ……』
現実の風景にはない、重い蝶番がきしむ音。
ふと見上げると、王都の青空に、うっすらと半透明の「白いドア」が浮かんでいる。
あの、僕の部屋のドアだ。
(……え?)
ドアの隙間が、ほんの数ミリだけ開いている。
その奥から、じっとりと粘つく視線が、僕――いや、僕とシルフィを見下ろしている。
『ピコン』
> [ 警告:現実世界との境界侵食 ]
> [ 原因:対象への過度な執着 ]
システムが警告を発する。
だが、今の僕にはそれが聞こえなかった。
目の前のイケメン騎士を排除すること。
僕の「充電器」を守ること。
その衝動だけが、僕の体を突き動かしていた。
(続く)




