第19話 シルフィの疑念と既視感
サキュバスの城を半壊させた後。
僕たちは、崩れ落ちた入り口近くの焚き火の前で、泥だらけになって座り込んでいた。
「……はぁ。ほんま、信じられへんわ」
シルフィが、呆れ果てた声で呟いた。
手には、串に刺さった焼けたトカゲ(ダンジョン産)。
あまりの空腹に、僕たちはそこらへんを這っていた魔物を捕まえて焼いていたのだ。
「夢の中で『幸せな結婚生活』を見せられて、ブチ切れて城を壊すとか……。お前の脳みそ、マジで腐っとるんちゃうか?」
「失敬な。あれは僕にとっては『拷問』だったんですよ」
僕は、焦げたトカゲの肉を見つめ、自嘲気味に笑った。
「……甘くて、温かくて、油断したらそのまま永眠してしまう……致死性の猛毒でした」
(……本当は)
脳裏に、あの夢の中のエプロン姿のシルフィが蘇る。
あのコーンスープの味。日だまりの匂い。
何の心配もなく、ただ愛し愛されるだけの世界。
(できることなら……一生、味わっていたかった)
もしも僕が、普通の人間だったなら。
もしもこの「感情変換システム」なんて呪いがなければ。
僕は間違いなく、あの夢の住人になっていただろう。
けれど、それは叶わない。
今の僕にとって、その幸せは「死」と同義だからだ。
僕は、喉の奥からせり上がってくる熱い本音を、無理やり飲み込んだ。
そして、目の前の「現実」にかぶりついた。
「んぐッ……! 苦い……!」
焦げの苦味と、泥臭い血の味。
筋張っていて、噛み切れないゴムのような肉。
最悪の味だ。涙が出るほどマズい。
『ピコン』
> [ 恐怖値を検知:粗悪な食事へのストレス ]
> [ バッテリー微増……15% ]
(……ああ、やっぱり)
僕には、この泥の味がお似合いなんだ。
「いいですか、シルフィさん。
努力もせず、苦労もせず、ただ与えられるだけの幸せなんて……それは『家畜』の餌と同じです。
僕は、泥水をすすってでも、自分の足で地獄を歩きたいんですよ」
そう言って笑う僕の顔は、きっと泣き出しそうに歪んでいただろう。
だが、焚き火の煙が目に染みたふりをして、僕はそれを誤魔化した。
「……」
シルフィが、ジト目で僕を見つめる。
焚き火の炎がパチパチとはぜる音だけが、静寂を埋める。
「……ふーん。かっこいいこと言うてるつもりか知らんけど」
彼女が、ふと視線を逸らし、焚き火を見つめた。
「なんか……変な感じやな」
「え?」
「お前とこうして、泥だらけになって、アホなこと言い合ってると……」
シルフィが、こめかみを押さえた。
その碧眼が、どこか遠くを見るように揺れている。
「前にも……こうして、お前に呆れてた気がするんよ」
ドキリ、とした。
「……気がする、って?」
「わからん。ただの気せいやと思うけど……。
お前が変なことして、ウチがドツいて、それでもお前がニヤニヤ笑ってて……。
それが、もう何回も、何百回も繰り返されてきたような……そんな気がするんよ」
(何百回……?)
彼女の言葉に、心臓が冷たく跳ねた。
僕の記憶にあるのは、あの草原での「死に戻り」の一回だけだ。
だが、彼女の口ぶりは、まるで「終わらない円環」の中にいるような響きを持っていた。
もしや、僕が知らないだけで……この世界はもっと残酷なシステム(ループ)で動いているのか?
「……まあ、お前みたいな変態、一回会ったら忘れへんはずやしな。気のせいやろ」
シルフィが、パンッと自分の頬を叩いて笑った。
いつもの勝気な笑顔に戻っている。
「せやけど、カデン」
彼女が、真剣な目で僕を見据えた。
「お前が何を怖がってるんか知らんけど……。
ウチがおる限り、お前を『楽』にはさせへんからな。
死ぬまで扱き使うて、ボロ雑巾みたいにしたる。覚悟しとき」
その言葉は、僕にとってどんな愛の言葉よりも甘美で、どんな呪いよりも頼もしかった。
「……はい! 一生ついていきます、姉さん!」
「姉さんて呼ぶな! キモい!」
ドカッ!
いつもの蹴りが飛んでくる。
痛い。けれど、この痛みだけが、僕が今ここに生きているという確かな証明だった。
僕たちは、奇妙な共犯関係を再確認し、次なる目的地――「王都」へと向かうことにした。
そこには、僕の心臓を物理的にも精神的にも掻き乱す、新たな「天敵」が待ち受けているとも知らずに。
(続く)




