第13話 システムログの自我
旅は順調だった。
いや、僕にとっては「順調に地獄」だったと言うべきか。
「オラァ! さっさと薪拾わんかい!」
「はい! 喜んでぇぇぇ!!」
ドカッ!
背中に強烈な蹴りを食らい、僕は落ち葉の山に顔面から突っ込んだ。
腐葉土の湿った匂い。鼻の奥に詰まる土の味。
そして、背中に残るヒリヒリとした激痛。
生きている実感が、背骨を通して脳髄に響く。
『ピコン』
> [ 恐怖値を検知:理不尽な暴力 ]
> [ 充電完了……100% ]
僕は泥だらけの顔を上げ、満面の笑みで振り返った。
「ありがとうございます、シルフィさん! おかげで目が覚めました!」
「……チッ。蹴り心地最悪やわ。骨ばっかで痛いねん」
シルフィは焚き火の前で、不機嫌そうに舌打ちをした。
僕たちが「共犯関係」を結んでから数日。
彼女の扱いは日に日に雑になり、その暴力は洗練されてきている。
当初の「ドン引き」から、最近では「動くサンドバッグ」程度の認識に落ち着いたようだ。
これはこれで、かなりキツイ。
だが、慣れとは恐ろしいものだ。
最近、単なる暴力だけでは、以前ほどの急速充電が見込めなくなってきていた。
(もっと……もっと工夫が必要だ)
僕は薪を拾いながら、ブツブツと独り言を呟く。
「例えば、彼女が寝ている間に『君の髪の毛を一本いただきました』というメモを残してみるのはどうだろう?
起床時の『生理的嫌悪感』と『殺意』が同時に襲ってくるはずだ。
いや、それだと即死級の魔法が飛んできて、変身する前に死ぬリスクが……」
真剣に「どうすれば最も効率よく殺されかけるか」をシミュレーションする。
その思考は、もはや生存戦略の域を超え、狂人の域に達していた。
その時だった。
『ピコン』
脳内で、いつもとは違う、どこか「溜め息」混じりのような電子音が鳴った。
> [ ログ:思考パターンを解析中…… ]
> [ 判定:……異常 ]
(ん?)
僕は足を止めた。
今、なんか変な表示が出なかったか?
「異常」? 僕のバッテリー残量のことか?
気を取り直して、僕は薪を抱えて戻った。
シルフィが、焼き上がった野兎の肉をナイフで削いでいる。
脂が炭火に落ちて、ジュッという音と共に香ばしい匂いが立ち昇る。
「……ほらよ。食え」
彼女が、肉片を放り投げてきた。
放物線を描く、熱々の野兎の肉。
普通なら、地面に落ちる前にキャッチしようと必死になるだろう。
だが、僕は違った。
僕は動かない。
ただ、その肉が重力に従って落ちていく様を、慈愛に満ちた目で見守った。
ベチャッ。
肉片が、湿った腐葉土の上に無慈悲に着地する。
泥が跳ね、枯れ葉が脂ぎった表面にべっとりと張り付く。
「……あ、落ちてもうた。わり」
「いいえ! 最高です! ありがとうございます!」
僕は地面に這いつくばり、泥まみれになった肉を大切に拾い上げた。
土がついている。砂利も混じっている。
衛生観念という点では最悪だ。
「いただきます!」
僕は泥を払うこともせず、そのまま肉を頬張った。
口の中に広がる肉の旨味。
だが、それを即座に打ち消す、ジャリッ、ガリッという不快な砂の音と、鼻に抜ける土の臭い。
「ぐっ……マズい……! 砂で歯が削れる感覚、最悪だ……!」
本来なら「美味しい」と感じて放電してしまうところだが、この不快なスパイスのおかげで、プラスマイナスゼロ、いや微量のストレス(充電)を維持できている。
これぞ、汚染された食事だ。
「……はぁ。ほんま、お前の脳みそどうなっとんねん」
シルフィが、心の底から呆れたように呟いた。
「死にたいんか生きたいんか、どっちやねん」
「生きたいに決まってるじゃないですか! だから死ぬほど罵倒されたいんです!」
「意味わからんわボケ!」
彼女が投げた石が、僕の額にヒットする。
痛い。血が出たかもしれない。
僕はニヤリと笑った。
その瞬間。
再び、脳内にあの音が響いた。
『ピコン……』
> [ ログ:……あえてツッコミませんが ]
> [ 恐怖値を検知しました ]
> [ 備考:いい加減にしてください ]
「……え?」
僕は、思わず声を上げて固まった。
今、なんか言わなかったか?
「ツッコミませんが」? 「いい加減にしてください」?
「どないしたん? 急にアホ面下げて」
「い、いや……今、スマホが喋ったような……」
僕は慌ててポケットからスマホを取り出し、画面を確認した。
だが、そこにはいつも通りの無機質なバッテリー表示があるだけだ。
真っ黒な画面に、薄汚れた自分の顔が映っている。
(気のせい……か?)
いや、確かに見えた。
あの無機質なシステムログが、まるで「呆れて」いるかのようなテキストを吐き出したのを。
もし、このシステムに「意思」があるとしたら?
僕のこの狂った行動を、ずっと「誰か(何か)」が見ているとしたら?
ゾワリ。
背筋に、今までとは違う種類の悪寒が走った。
それは、誰かに監視されているような、正体不明の薄気味悪さ。
『ピコン!』
> [ 恐怖値を検知:正体不明の視線(システムへの疑念) ]
> [ 充電……102% ]
(……ちゃっかり充電してるし!)
やはり、気のせいじゃない。
このシステムは、僕の感情をエネルギーに変えるだけでなく、何かを「学習」している。
「……まあいい」
僕はスマホをポケットにねじ込んだ。
意思があろうとなかろうと、僕やることは変わらない。
生き残るために、恐怖を食らう。それだけだ。
「さあ、シルフィさん! 食後の運動に、僕を追い回してください! 魔法ありで!」
「……ほんま、お前と旅してると疲れるわ」
シルフィの特大の溜め息が、夜の森に消えていく。
僕たちの奇妙な二人旅は、システムさえも困惑させながら、次なる目的地へと進んでいく。
そこには、僕にとっての「最大の天敵」が待ち受けているとも知らずに。
(続く)




