第12話 共犯関係の成立
戦いは終わった。
街道沿いの森に、静寂が戻ってくる。
足元には、泡を吹いて気絶している盗賊たちが転がっている。
彼らは不幸だった。
シルフィという天災に出会い、あろうことか被害者(僕)に煽られ、プライドを傷つけられた挙句、最後は物理的に粉砕されたのだから。
「……ふぅ」
僕は、黄金の籠手から元のパジャマ姿に戻った掌を見つめた。
スマホの画面は真っ暗だ。
だが、先ほどまでの熱狂の余韻だろうか。指先には、心地よい痺れが残っている。
「……おい」
背後から、低い声がかかった。
振り返ると、シルフィが立っていた。
戦闘の高揚感が抜けていないのか、その碧眼はまだギラギラと輝き、銀髪が乱れている。
漂ってくるのは、硝煙のような焦げ臭さと、汗ばんだ肌の甘い匂い。
「自分、さっきの何や?」
彼女が、コツン、とブーツのつま先で地面を叩いた。
「敵を応援するとか、マジで意味わからん。ウチが負けたらどうするつもりやってん」
もっともな問いだ。
常識的に考えれば、僕は裏切り者だ。
だが、僕には僕なりの「正義(生存戦略)」がある。
僕は姿勢を正し、彼女の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「君が負けるなんて、微塵も思っていませんでしたよ」
「……は?」
「君は強い。強すぎる。だからこそ、僕は怖かったんです」
僕は一歩、彼女に近づいた。
「君が圧勝してしまったら、僕は『安心』してしまう。
この世界で、安心は僕にとって猛毒なんです。心が緩めば、僕は死ぬ」
「……何言うとんねん。意味不明や」
シルフィが眉をひそめる。
当然だ。彼女には、僕のスマホのシステムは見えていない。
だが、理解してもらう必要はない。
必要なのは、「契約」だ。
「だから、お願いしたんです。彼らに」
僕は、気絶した盗賊たちを指差した。
「もっと僕を追い詰めてくれと。殺意をくれと。
そうしなければ……僕は、君の隣に立つことさえできないから」
風が吹いた。
森の木々がざわめき、木漏れ日が僕たちの間に落ちる。
「……自分、ほんまもんのドMなんやな」
シルフィが呆れたように息を吐いた。
その瞳から、殺気が消える。
代わりに宿ったのは、諦めにも似た、深い溜息のような感情だった。
「せやけど、まあ……役に立ったんは事実や。あいつらが自分に夢中になってる隙に、懐に入れたしな」
彼女が、乱れた前髪をかき上げた。
「ほんで? 結局、自分は何者なん? 名前くらいあるんやろ」
名前。
そういえば、まだ名乗っていなかった。
僕は変質者として出会い、ストーカーとして付きまとっていただけだ。
僕は、ヨレヨレのパジャマの襟を正し、右手を差し出した。
「カデンです」
「……カデン?」
「ええ。加電 千尋。
君に一生、罵倒されたくてこの世界に来ました」
「……ふっ」
シルフィが、鼻で笑った。
美しい顔が、意地悪く歪む。
「なんやそれ。変な名前」
彼女は、僕の差し出した手を握り返さなかった。
代わりに、バシッ! と乾いた音を立てて、僕の手のひらを叩いた。
「ええわ。覚えたる。
ウチはシルフィナ・ヴォル・ゲイルや。シルフィでええ」
ジンジンと痺れる手のひら。
痛い。
けれど、その痛みは、今までで一番心地よかった。
「よろしゅうな、カデン。
せいぜいウチの退屈しのぎになってーや。飽きたら即、捨てたるからな」
「ありがとうございます! 光栄です!」
「……チッ。やっぱキモいわ」
シルフィが背を向け、歩き出す。
僕はその背中を追いかけた。
『ピコン』
脳内で、システム音が静かに鳴った。
> [ ログ:パートナーシップの確立を確認 ]
> [ 対象:シルフィナ・ヴォル・ゲイル ]
> [ 称号獲得:『共犯者』 ]
共犯者。
いい響きだ。
僕たちは、互いに利用し合う。
僕は彼女の暴力をエネルギーに変え、彼女は僕をストレスの捌け口(と盾)にする。
歪で、不健全で、最低な関係。
けれど。
僕のバッテリーが尽きるその時まで、この関係は終わらない。
「待ってください、シルフィさん! 靴紐が解けてますよ! 結ばせてください、そしてついでに踏んでください!」
「寄んな! 蹴るぞボケェ!!」
ドガッ!!
街道に、僕の悲鳴と、彼女の怒声が響き渡る。
僕たちの旅は、まだ始まったばかりだ。
(続く)




