第11話 「盗賊団」と応援上映
「はぁ、はぁ……ここまで来れば、とりあえず大丈夫か……?」
街から数キロ離れた街道沿いの森。
僕は膝に手をつき、荒い息を吐いた。
昨日の高級酒場での「58万ゴールド無銭飲食事件」。そして今朝の「変態勇者騒動」。
僕は名実ともに、この街における指名手配犯兼、誰もが避ける変質者となった。
風で木の葉が擦れる音さえ、衛兵の足音に聞こえる。
胃の底がキリキリと痛み、冷や汗が止まらない。
おかげで、バッテリー残量は常に「120%」をキープしている。絶好調だ。
「……おい。いつまでビビっとんねん。ウチまで逃亡犯扱いやんけ」
隣で、シルフィが不機嫌そうに枝を蹴り折った。
バキィッ! という乾いた音が、僕の心臓を心地よく跳ねさせる。
「申し訳ありません! でも、君も共犯(飲み食いした仲)ですからね!」
「あぁん? 誰が共犯や。ウチは知らん顔して通すからな」
そんな殺伐とした会話をしていた、その時だった。
ザッ、ザッ、ザッ。
草むらを掻き分ける音。
前方から、薄汚い革鎧を着た、いかにも柄の悪い男たちが5、6人現れた。
手には錆びた剣や斧。目つきはギョロリと血走り、口元からは下卑た笑みが漏れている。
「へっへっへ。いい女連れてんじゃねえか、兄ちゃん」
「金目のモンと、その女を置いていきな。そうすりゃ命だけは助けてやるぜ」
テンプレだ。
教科書通りの「盗賊団」だ。
本来なら、一般人の僕はここで腰を抜かし、恐怖で失禁するところだろう。
だが。
「……はぁ?」
僕の隣で、空気が変わった。
シルフィが一歩前に出る。
その背中から、ゆらりと立ち昇る濃密な殺気。
シトラスの香りが消え、鼻を刺すような鉄の臭いが周囲を支配する。
「お前ら……ウチの機嫌が最悪なん、見て分からんのか? あぁ?」
「ひッ……!?」
盗賊たちの顔が引きつる。
強い。強すぎる。
彼女はただのヤンキーではない。腐っても「魔王軍と渡り合ったエルフの戦士」だ。
こんなゴロツキ風情、彼女にとっては道端の石ころ以下。
ドガッ!! バキィッ!!
「ギャアアアア!!」
「つ、強ええええ!! 姉御、許してェ!!」
戦闘開始から5秒。
盗賊たちは、ボロ雑巾のように宙を舞っていた。
シルフィの拳が唸るたびに、敵が吹き飛び、悲鳴が上がる。
圧倒的なワンサイドゲーム。
僕を守る、頼もしすぎる最強の用心棒。
その光景を見て、僕の胸に去来したのは――。
(ああ……よかった。助かった……)
ぬるりとした「安堵」だった。
強すぎる味方への信頼。安全への確信。
張り詰めていた神経が、湯船に浸かったように緩んでいく。
その瞬間。
『ピコン』
> [ 警告:『絶対的な安心感』を検知 ]
> [ バッテリー急速放電……残量 15%……10%……危険域です ]
「――――ッ!!??」
マズい。
思考が真っ白になる。
背中の聖剣が光の粒子となって霧散し、手元にはヌルリと手脂で滑る、熱を持った不快なスマートフォンが戻ってきた。
ヨレヨレのパジャマ姿。ただの無力な一般人。
このままでは、変身が解けたところを流れ弾一発で殺される!
いや、それ以上にマズいのは――。
このままシルフィが圧勝して戦闘が終われば、僕は一滴の「恐怖」も摂取できないまま、この致死性の「安心感」の中でバッテリー切れ(心停止)を迎えてしまう!
「だ、だめだ! 頑張れ! 負けるな!!」
僕はスマホを握りしめ、声を張り上げた。
「あぁん? せやろ、ウチに任しとき!」
シルフィが得意げに振り返る。
「違う! そっちじゃない!!」
僕は、涙目でボコボコにされている盗賊たちを指差した。
「お前らだ! 盗賊!! 何やってるんだ! もっと気合を入れろ!!」
「……は?」
盗賊Aが、殴られながらポカンとした顔をする。
シルフィも動きを止めた。
「そこのモヒカン! 斧の振り方が甘い! もっと殺意を持って、こう、内臓を抉るように振れ!
そっちの傷顔! ビビるな! 彼女の目は潰したか!? 関節を狙え!!
俺をビビらせてくれよぉぉ!! お前らが弱かったら、俺が死ぬんだよぉぉ!!」
「「「えぇ……」」」
戦場に、困惑の空気が流れた。
被害者(のはずの男)が、加害者を熱烈に応援している。
しかも、「もっと残虐に殺せ」と具体的なアドバイス付きで。
「な、なんだこいつ……気持ち悪ぃ……」
盗賊たちがドン引きして、一歩後ずさる。
その視線。
理解不能な狂人を見る、あの目。
ゾクッ。
背筋が粟立つような、疎外感と気味悪さ。
盗賊たちの戦意喪失による「シラケた空気」。
『ピコン!』
> [ 恐怖値を検知:敵からのドン引き(困惑) ]
> [ 微量充電……30% ]
(くっ、足りない……! ドン引き程度じゃ、変身まで届かない!)
やはり、明確な「殺意」が必要だ。
僕は焦った。
このままでは、シルフィが彼らを「掃除」して終わってしまう。
そうなれば、僕は平和という名の毒ガス室で窒息死だ。
僕は、震える足で一歩前に出た。
そして、盗賊たちのリーダーとおぼしき男に向かって、今日一番の挑発を放った。
「おい、そこの三下! お前らのそのダサいバンダナはママの手作りか!?
そんなナマクラで、俺の相棒の髪一本でも切れると思ってんのか!?
悔しかったら本気を出せ! 俺を殺す気で来いよオラァァァ!!」
シーン……。
沈黙。
そして。
「……テメェ、ナメてんじゃねぇぞゴラァァァ!!!」
盗賊たちの顔が真っ赤に染まった。
プライドを傷つけられた男たちの、純度100%の激怒。
切っ先が、シルフィではなく、僕に向く。
「あの変なパジャマ野郎から殺せぇぇぇ!!!」
「ヒィィィッ!!」
殺気。怒号。
自分に向けられた数十本の刃。
胃が縮み上がり、心臓が爆発しそうなほどの死の恐怖!
『ピコン!』
> [ 恐怖値を検知:明確な殺意 ]
> [ 急速充電開始……100%……120%!! ]
「キタキタキタァァァァ!!」
掌のスマホが鋼に変わる。
パジャマが弾け飛び、黄金の籠手が再生される。
僕は、振り下ろされた斧を素手で受け止め、ニチャァと笑った。
「ありがとう……! これで勝てる(生き残れる)……!」
「ヒッ……バケモノ……」
その日、盗賊団は壊滅した。
身体的なダメージよりも、「被害者に応援され、挑発され、最後にボコボコにされた」という精神的なトラウマを抱えて。
(続く)




