第三話:竜神の復活と蛟の解放
■ 竜神の復活と蛟の解放
稲妻が祭壇に落ちた瞬間、彩音の意識は遠のいた。燃え盛る炎と轟音の中、彼女の心に去来したのは、恐怖ではなかった。遠い過去、愛する者に交わした悲しい誓いの言葉だった。
「……今度こそ、お前を一人にはしない」
その誓いをなぞるように、一筋の眩い光が闇を貫いた。虹色の鱗をまとい、雷鳴を背負って現れたのは、伝説の竜神。しかし、彩音の目に映るのは、自分を救おうと必死に手を伸ばす、龍也の姿だった。
「彩音!」
龍也の叫び声が聞こえた瞬間、彼の身体を覆う光の鱗が、さらに激しく輝きを増した。それは、過去の悲劇を繰り返させまいとする、龍也の強い意志と、竜神の力が融合した瞬間だった。
しかし、その激しい光と熱は、同時に、祭りの熱気と人々の楽しそうな感情を急速に冷え込ませていく。雷鳴と共に吹き荒れる風が、人々の恐怖と混乱をかき立てる。そして、その負の感情が、崩れた祭壇の奥底から立ち上る黒い靄へと吸い込まれていった。
「……待っていたぞ、竜神」
ドロリとした水の塊が、禍々しい形を成していく。龍になりきれなかった水神、蛟だった。
「お前の力と、巫女の力が結びつく瞬間を。その再会こそが、私をこの封印から解き放つ鍵だったのだ!」
蛟は、黒い水を操り、龍也と彩音へと襲いかかる。祭りの熱狂は、一転して絶望の舞台へと変わった。
■ 暴走する竜神の力
蛟の姿を見た瞬間、龍也の心は激しい怒り、恐怖、そして前世の後悔に支配された。
「お前なんかに、二度と彩音を奪わせない!」
龍也の感情の爆発が、制御できていない竜神の力を解き放つ。
ゴオオオッ!
彼の身体から放たれた光と雷鳴は、蛟を、そして周囲のすべてを圧倒した。蛟は水の触手を伸ばして応戦するが、竜神の圧倒的な力の前には無力だった。雷の光が大地を焼き、空を切り裂き、蛟の体を構成する黒い水を蒸発させていく。
「ぐあああああ!」
断末魔の叫びと共に、蛟の姿は形を保てなくなり、ただの黒い靄となって大地に叩きつけられた。
勝負は一瞬で決したかのように見えた。だが、その力の矛先は、蛟だけには向いていなかった。周囲に逃げ惑う人々、そして祭壇の傍にいる彩音にも、容赦なく力の余波が襲いかかる。
「やめろ……やめてくれ!」
龍也の叫びは、自らの暴走する力には届かない。彼は、力を制御できないまま、ただ破壊を撒き散らしている自分自身に、深い絶望を覚えた。
力が収まった後、龍也は膝から崩れ落ち、自らが放った破壊の痕跡に愕然とする。そして、傍らに立つ彩音を見つめた。
「俺は……また、繰り返したんだ……」
彼の心は、敵を退けた喜びよりも、愛する者を傷つけかけた罪悪感と、制御不能な力への恐怖に打ちのめされていた。




