第二話:雷鳴に咲いた再会
■ 夏の出会い
蝉の声が、耳をつんざくほどに響き渡っていた。アスファルトの照り返しが、まるで陽炎のように揺らめいている。龍也は、祖母の家へ向かう道の途中で、あまりの暑さに立ち止まった。
「うるさいな……」
彼の独り言は、蝉の声にかき消される。毎年この時期になると、まるで熱病にかかったように身体が重く、頭の中は漠然とした焦燥感でいっぱいになる。なぜだか、このうるさい蝉の声でさえ、彼の心を不安にさせていた。
その時、遠くの神社の鳥居をくぐっていく、白いワンピース姿の少女が見えた。彼女は、日差しを避けるようにゆっくりと歩いている。その姿を見た瞬間、龍也の頭の中から、すべての音が消えた。
あれほど煩かった蝉の声も、遠くで響く祭りの準備の音も、すべてが遠くに聞こえる。世界の中心に、その少女だけがいるような、不思議な感覚。龍也は、まるで何かに引き寄せられるように、彼女の後を追って鳥居をくぐった。
境内に入ると、少女は立ち止まり、背中を向けていた。彼女の髪は、まるで夏の夕暮れのように深い色をしていて、風に揺れる度に、龍也の心臓を締め付ける。
「あ……」
思わず声が漏れた。少女がゆっくりと振り返る。その透き通るような瞳と、どこか懐かしい顔立ちに、龍也は息をのんだ。彼女こそ、日向 彩音だった。
彩音もまた、龍也の姿を見た瞬間、自分の心臓が大きく跳ねたのを感じた。まるで、遠い昔に交わした約束を、今、この場所で思い出したかのように。
■ 神社にて
龍也が声をかけるより早く、彩音が口を開いた。
「もしかして、天城くん?」
彩音の言葉に、龍也は驚いて瞬きする。
「ああ、そうだけど。なんで俺の名前を……?」
「学校で見たことがあるから。隣のクラスの、天城くんだよね?」
彩音は少し照れたように微笑んだ。
「そうか。俺も君のこと、学校で見たことがある。日向さん……だよね?」
彩音は「はい」と頷く。
「日向さん、神社に何か用事があったの?」
「祖母と一緒に、夏祭りの準備をしてたんです。もうすぐ始まるから」
彩音は境内に飾られた提灯を見上げる。
「天城くんは、どうしてここに?」
「俺は…祖母の家に、夏休みを過ごしに来たんだ。その帰り道で、ちょっと暑くて休憩してた」
龍也は言葉を濁しながら答える。
「そうなんですね。天城くん、すごく辛そうだけど、大丈夫?」
彩音は心配そうに龍也の顔を覗き込む。
「ああ、大丈夫。毎年、この時期になるとちょっと体調が悪くなるだけで……」
龍也はごまかすように答えるが、その時、彩音の言葉が彼の心の奥に響いた。
「……そう。私は、この時期になるといつも、どこか懐かしい気持ちになるんです。天城くんと、初めて会った気がしないから。」
その言葉に、龍也は思わず息をのむ。二人の間には、言葉では説明できない不思議な感覚が流れていた。
■ 祭りの夜、雷鳴の轟き
いよいよ夏祭りの夜。提灯の柔らかな光が境内を照らし、屋台からは香ばしい匂いが漂う。
龍也の心は、その賑やかさとは正反対に沈んでいた。彼の胸の奥で、不穏な雷鳴が鳴り響いているように感じられた。予感が現実のものとなるのではないかと、彼は不安に駆られていた。
一方、巫女の衣装に身を包んだ彩音も、いつになく緊張していた。彼女の心臓は、舞の太鼓の音に合わせるかのように高鳴っている。彼女の瞳には、楽しそうな人々の輪から少し離れた場所にたたずむ龍也の姿が映っていた。
彩音は、祭壇の上で静かに舞を捧げ始めた。しかし、その静寂は突然破られる。遠くで不気味な音が鳴り始め、空に急速に暗い雲が広がっていく。
龍也の体調は限界に達し、頭の中は悲しい叫び声と龍の幻影でいっぱいになる。彼は、何かが起こることを本能的に感じ、必死に祭壇の方へ走り出した。
その瞬間、空に一筋の稲妻が走り、轟音と共に、稲妻はまっすぐ彩音が舞う祭壇へと落ちた。木製の祭壇は耳をつんざくような音を立てて崩れ、炎が燃え上がる。
人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。彩音は、崩れる祭壇から逃げる間もなく、激しい光と熱に包まれた。絶望の中、彼女の脳裏には伝説の悲劇がよみがえる。
その時、龍也の体から、眩い光が放たれた。




