第3話
ロイク・デュプレクスーー
黒髪オールバックに切長の瞳のシャープな顔立ち。
はじめて会ったときからどこか冷たい人だと思っていた。
これまでに旦那様とお会いしたのは3回だけ。
最初はこの屋敷の門をはじめてくぐった嫁入りの日。
旦那様は執務室で本に目を落として初対面の私に一切、視線を向けなかった。
2回目は挙式の日。
ウェディングドレスを着た私を見ても表情ひとつ変えないまま、誓いの言葉を述べた。
3回目は初夜。
緊張しながらロマンスな夜を期待していたけどどこか義務的だった。
そんな旦那様と4回目の対面。しかも大それたウソをついて、さらに妻として振る舞おうとしているんだから
とてつもない緊張感が胸に去来する。
屋敷の門の前にお義母様、メイドたちと立って旦那様を乗せた馬車を待つ。
ときおりお義母様が不敵な笑みを浮かべながらチラリと私の方を見やる。
これもお義母様の嫌がらせだ。
妊婦を長時間立たせて母体とお腹の子に負担を掛けようという腹づもりらしい。
メイドの話だと、お義母様が商人から堕胎剤を仕入れたという情報があるそうだ。
私が本当に妊娠していたらどれだけ毒を盛られたことか。
だけど、お義母様の嫌がらせは今の私にはノーダメージ。
すべてはウソなのだから。
しばらくすると遠くの方に馬車の姿が。
いよいよだ。
立ち続けて30分が経過。到着まであと5分といったところか。
炎天下。だけど私はまだ平気。
「ライラ様、お身体の方は大丈夫ですか?」
と、心配したメイドが話しかけてくるが、私は
「このくらい平気ですわ」と、余裕の表情で答える。
それを聞いてお義母様はムスッとした表情。
こうしてみるとお義母様のしていることは滑稽だ。
わかっているのです。本当はお義母様の方が限界が来ていること。
するとお義母様はよろめきながら後ろのメイドにもたれかかる。
「奥様⁉︎」
そんなお義母様を尻目に私は平然と立ち続ける。
お義母様の悔しそうな表情。
馬車が私たちの目の前に停車するなり、旦那様が飛び出してきた。
さすがに母のところに駆け寄るかと思ったが、旦那様は真っ先に私のところへ。
「身体は大丈夫か。ライラ」
「⁉︎」
旦那様の口からはじめて私の名前を聞いた。
それどころか旦那様の口からは「そうか」しか聞いたことがなかった。
はじめて会った日も。
「シャノン家の長女、ライラと申します」
「そうか」
初夜の日も
「ロイク様、あの私、はじめてで。その⋯⋯」
「そうか」
ってな具合だ。
そんな旦那様が私を抱きしめて、気遣う言葉を⋯⋯
狼狽する私の隣でお義母様はメイドたちに抱き抱えられながら立ち上がる。
「ロイクおかえりなさい。こんな格好ですまないね」
「母上はもう少し歳を考えて行動してください」
「⁉︎ ロイク、母になんてことを」
「母上!」
「はい⋯⋯」
あのお義母様がしおらしく⋯⋯
「母上、ライラと2人きりにさせてほしい。人払いを。ライラ、まずは部屋で一緒に休むとしよう」
そう言って旦那様はそっと私の腰に手を添えて屋敷の方へと歩き出す。
そんな私たちを「くっ」と、お義母様は睨みつけてくる。
広間に入ると旦那様とテーブルを挟んだ対面でソファに座る。
私は旦那様とはじめて2人きりになったような気がする。
なんだか場の空気が重たい。
なんて話しかければいいかわからない。
すると旦那様はソファから立ち上がって私の背後に回りそして耳元で囁く。
「ライラ。1週間は滞在できることになった。俺にできることがあったらなんでも言ってくれ」
何これ。お腹の中から全身にかけて熱くなる感じ。
顔がもう真っ赤。
「お腹の子に障るといけない。やれることは俺が全部やろう」
「旦那様、ですが料理もそうじも洗濯もみんなメイドの仕事です。
私も旦那様もやることはありません」
「それもそうだな。なら馬車で出かけよう。デュプレクス領内を見て周ったことはないだろ」
「は、はい⋯⋯」
旦那様の豹変に戸惑いが追いつかない。
「丘の上だが俺の好きな景色がある。どうだ」
「ぜひ⋯⋯」
戸惑いながら旦那様と馬車に乗る。
馬車が走り出して景色が移り変わると「そうか」しか言わなかった旦那様が饒舌になる。
あの建物は教会だとかあの山で子供のころスキーをして遊んだとか
馬車から見える景色と想い出のエピソードをひとつひとつを楽しそうに説明してくれる。
⁉︎
私はハッとする。
もしかして父親になることを楽しみになさって。
だとすると⋯⋯
今になってついたウソの罪の意識が去来する。
落ち込んだ旦那様の顔が目に浮かぶ。
残念ですけど私のお腹の中にあなたの子供はいません。
すべてウソなのです。旦那様の愛情は私に向けられていいものじゃない。
私がウソをついたことで本来リネットに向けられるべき愛情が私に⋯⋯
これでよかったのかしら。
私のしたことはリネットの幸せを奪っただけに過ぎないのでは?
しかし、そのリネットもあなたを裏切っている。
この屋敷にあなたの愛情を向けられていい女なんていない。
それ以上、あなたの愛情を向けられると私は罪悪感でいっぱいになってしまいます。
私の頬に涙が伝う。
「ライラ。ずっと相手にすることができなくてすまなかった」
そう言って旦那様が背後から抱きしめてくる。
「旦那様⁉︎」
「大切な友人の妹だ。どう接していいかわからなかった」
「⁉︎ 兄上をご存知なのですか」
「ああ。王都学園時代の同級生で、今も内政官として一緒に働いている」
「それは存じ上げませんでした。兄はずっと仕事が忙しくて何年も会えていませんでしたし、私たちの結婚式も出れませんでしたから」
「ずっと後悔していた。結婚式の次の日には王都に戻らなければ行けなかったから夫婦らしいことは何ひとつできなかった。
そのせいで君に大きなウソをつかせてしまった」
「え?」
それって⋯⋯
「お腹に子供がいるのはリネットだね。彼女のお腹の子の父親は君の兄だ」
「⁉︎」
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