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【おまけ】 震える指先、送信ボタンの向こう側

昨夜の出来事は、夢だったんじゃないか。

そんな不安を確かめるように、シンジは翌朝、出社一番で自分のデスクの引き出しを開けた。


そこには、昨日置き忘れたままの財布と、スマホと、定期券。

――そして、ポケットの中には、昨夜もらった“あの付箋”。


指先でそっと取り出す。

小さな紙切れに書かれた文字は、昨夜と同じ場所に、同じ形で存在していた。

その文字すら、愛おしかった。


「……夢じゃ、なかった」


午前中、仕事はまったく手につかなかった。

“納品ギリ伝道師”こと加藤課長は、昨夜の飲み過ぎがたたって午前休。

本来なら「ラッキー」と叫ぶところだが、今のシンジには関係ない。

昨夜送った資料を再度開いたが「二回確認」するどころか、

モニターに点滅するカーソルを……ただ、ずっと見つめて終わった。


そして、運命の昼休み。


シンジは、非常階段の踊り場に立っていた。

人目につかず、電波も安定していて、逃げ場もない。

――ここが**最終決戦場ラストダンジョン**だ。


「よし……まずは番号を登録して、それから……メッセージだ」


スマホの連絡先入力画面。

『蒼井美玲』――その四文字を打ち込むだけで、

心拍数がダッシュ直後のアスリート並みに跳ね上がる。


(おいシンジ! 何をチンタラ打ってる!

 『蒼井たん♡』で登録しろ! ♡忘れんな!)


脳内の**シンジ一号(暴走中)**が叫ぶ。


(やめろ。普通に名字だ。

 あと“たん”は今すぐ捨てろ。社会人だぞ)


**シンジ二号((理性)**が、一号の首根っこを掴んで引きずり戻す。


しばしの攻防の末、登録名は

――『蒼井さん(同期)』。


無難。

あまりにも無難だが、今の自分にはこれが限界だった。


登録を終えると、メッセージアプリに彼女のアイコンが表示される。


……花だった。

白くて、静かで、可憐な花の写真。


「アイコンまで……反則だろ……」


さて、ここからが本番だ。

最初の一通を、どう送るか。


「昨日はありがとうございました」

「切符代、必ずお返しします」

「無事、帰れました」


どれも正解で、どれも怖い。

そもそも、彼女のような「伝説」クラスの女性は、

一日で何百通もの通知を受け取っているのではないか。


深呼吸を一つ。

シンジは震える指で、文字を打ち込んだ。


『昨日はありがとうございました。

 システム二課の相馬です。

 おかげさまで「詰み」を回避して無事に帰れました。

 お借りしたお金をお返ししたいのですが、今日、ご都合のいい時間はありますか?』


画面の上で、シンジの親指が停止する。

送信ボタンのわずか数ミリ上で、絶望的なホバリングを開始した。


たった一通。 されど、人生を左右しかねない一通。


そのボタンを押した向こう側に、昨夜の続きがあるのか。

それとも、彼女にとってはただの「親切な一コマ」として、

既に記憶のゴミ箱に放り込まれているのか。


(いけぇシンジ! お前のパッシブスキルを信じろ!)

(……まあ、送らないことには始まらないからな。死ぬなら前のめりに死んでこい)


二人の自分に見守られ、シンジは深く息を吐いた。


――送信ボタンは、昨日の終電よりも、ずっと遠くに見えた。


(つづく、かもしれない)

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