表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

第1話 最終退出ギリギリボーイ、改札で詰む!

「おかけになった電話は、電波の届かない――」


「うわ、マジかよ。吉村のスマホ、死んでんじゃん」


十九階のオフィス。窓の外は漆黒の闇。

まるで“定時退社”なんて都市伝説を、真正面からぶん殴ってくるような暗さだ。


シンジはスマホを机にそっと置き、足元のカバンから財布を取り出し、一枚のメモ紙を発掘する。


「あー……そういや吉村、今日は“地下の隠れ家”って言ってたな……」

なにそれ、初見殺しのRPGの最終ダンジョン? それともリアル裏ボス酒場?


書かれていた番号へ発信。幹事・吉村、いざ召喚!


吉村は同期。シンジと同じく、今年入社の新人だ。

“期待のホープ”という肩書きを、自分で勝手に名乗っている。たぶん死ぬまで名乗るつもりだ。


電話の向こうでは、すでに酔拳を極めた吉村が絶叫していた。


「課長が“早く来いやァ!”ってキレてますけどぉぉぉ↑↑www」


ハイトーンボイスが、鼓膜を破壊する勢いで襲いかかる。背景ではドンチャン騒ぎが絶賛開催中。


(16時過ぎに“今日中でヨロ”って仕事投げてきたの、あなたですけどぉぉ?)


シンジの心の中の“シンジ2号”(理性)が叫んでいた。


課長はいつも、定時チョイ前に「今日中納品」の作業を持ってくる“納品ギリ伝道師”。

そして毎回、決まってこう言う。


「今日中って、今でしょ!」


両手を広げながらの課長ギャグ。もう聞き飽きた。


「……ごめん。今日は二次会、カラオケも無理っぽい」


ちなみに、うちの課の二次会は100%課長のカラオケ。

課長の持ち歌はもちろん髭ダン。しかも【髭ダン三連打】という地獄の無限ループ付き。


「そっかー、今日の会費バックは無しね~。お前の料理も出ちゃってるから~」

「……あー、うん、いいよ」


なぜか、シンジの声まで無駄にでかくなる。電話の向こうは笑い声と拍手。まるで戦場。


そのとき、背後から――


「相馬っ!」


ビクッ。反射的に直立。

このフロアで自分と同じく“深夜残留部隊”に属する、隣の一課の田代課長だった。


「はいっ!」


シンジはスマホと財布を慌てて引き出しへ放り込み、速足で田代課長のもとへ。


「お前の課、今日はクリスマス会じゃなかったか? 加藤が言ってたぞ」

※加藤=定時爆撃魔。今日中タスクの伝道師。――そして今でしょマン!


「あ、はい……そのはずなんですが」


「今日はクリスマスってことで、俺もここでドロンだ。悪いが、また“最終退出”よろしく」


盟友の突然の脱退に、胸がギュッと締まる。


「了解です、任せてください!」


「お前も早く帰れよ」


からの、「ま、無理か」と笑う田代課長。

去り際は、背中を向けて片手バイバイ。渋すぎて、まるで映画のエンドロール。


――戦場に取り残されたシンジは、最終退出チェック表を受け取り、①番――コピー機の電源を落とす。


全項目を確認し、最後の「室内全消灯」と「最終退出処理」以外をクリア。

自席に戻ると、モニターにはゆらゆらとスクリーンセーバー。

時刻は――21:37。


「……また、ラストマンだよ」


誰もいないフロアの壁に、シンジのつぶやきが空しく吸い込まれていく。


自分の上だけがぽつんと灯る、だだっ広いオフィス。

その静寂の海に、一人だけ浮かぶ小舟のように、シンジは黙々とキーボードを叩いていた。


そのとき、構内アナウンスが鳴り響く。


『最終退出時間の10分前となりました。残っている社員は、速やかに退館願います』


「うわぁ……まだ終わってないよ~」


情けない声が、薄暗いフロアにこだまする。


課長からは「ユーザーに出す資料は、必ず二回確認しろ」と言われている。

が、今のシンジは**“0.6回目”**くらい。


とりあえず見つけたミスを修正し、PCの右下の時計を見る。

――22時57分。


「ひえぇ……ヤバっ!」


最終退出時間を過ぎて残っていた課の社員は、翌日、課長が事業部長へ始末書を提出するルール。


「殺される……!」


シンジはExcel資料をメールに添付し、課長宛に送信。

PCの電源を落とし、カバンをつかんで立ち上がった。


椅子の背もたれに掛けてあったダウンを羽織り、チェック表を壁へ戻す。

すべての灯りを落とし、社員証を読み取り機にかざしてエレベーターホールへ。


――そして一階。


各階の“ラストマン”たちが出口に向かって駆け出していく。

シンジもその一員となり、社員証をゲートにかざした。


「22時59分! セーーーーーフッ!」


心の中でファンファーレ。勇者、今日も生還!



外に出ると、今日はクリスマス。

街は赤帽子と鼻メガネの浮かれたパレード状態。


「クリスマスだっていうのに……」


駅へ向かいながら、ふと足が止まった。


――カバンが、やけに軽い。


嫌な予感がして中を覗く。……血の気が引いた。


「無いっっ!!」


財布! スマホ! 定期券! ――オール机の中!


「うわぁ~~~~~~~!」


小声の絶叫が、クリスマスの夜空に吸い込まれていく。


『落ち着け、シンジ……終電まではまだある』


自分に言い聞かせるように呟くが、心はすでに氷点下。


選択肢を脳内で猛連打するが、どれもバッドエンド。


・会社に戻る?→自動施錠。アウト。

・駅で知り合いに借りる?→皆パリピ中。

・交番?→泊まる場所、鉄格子の中。


どうする? どうする? どうするシンジ!!


気づけば、もう駅。改札前にたどり着いてしまった。


――お金がない。

――連絡もできない。

――身分証もない。


改札前。自分だけが場違いにポツンと取り残される。


そのとき、視線を感じて横を見ると、駅員さんが相談窓口の向こうから不思議そうな顔でこっちを。


慌てて目をそらしたその瞬間、背中に軽い衝撃。


「わっ、ごめんなさい!」


振り返ると、バックの中身が散らばり、それを拾う女性。


「いえ。ボクの方こそ、すみません」


シンジも慌てて屈んで手帳を拾い、目が合った瞬間――心停止寸前。


「おわっ!」


身をのけぞり、思わず声が出そうになる。


そこにいたのは――


シンジが密かに恋い焦がれている、蒼井美玲(あおいみれい)


終電直前の奇跡。――まさかのラブコメフラグ、ここに発生!?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ