司書の本音3
「さて、ミー達も動かないと」
「……うーん、でもスピカさん、聖獣の遺体を使って、どうやって器を作る気なんですか?」
「そのまま入れるって訳でもないんだろうけどね」
着いてからのお楽しみ、とでも言わんばかりにスピカは微笑して遺跡の中に足を踏み入れる。瞬間冷たさの残る燭台に青色の炎が灯り、通路が薄ぼんやりと照らされる。
コツ、コツンと靴裏が地と削り合う音が響き続き、シアがイオの方を振り向いた。
「イオは、僕達と来たのには何か理由があるんですか? あぁ、正確には……」
「僕から見た君達の得意とする場面と、戦闘方法の違いから分配しただけだ」
シアの言葉を遮り、イオは手短に言う。彼女の聞こうとしている事を予測し、その答えを無駄無く伝える速さは、口数を増やしたくないのか、それともただせっかちなだけなのか。はたまた、気を使わせて言い直す事を良しとしていないのかもしれないが。
兎も角、シアはこの返答に満足したようで、苦笑とも微笑ともとれる笑みを浮かべては前を向き直す。
その先、スピカの視線はカザミに位置を記載させた地図に向けられており、彼女はそれを見ながら壁にも目をやっているようだった。
暫く歩くと、イオが沈黙を破る。
「なぁスピカ、遺跡は外から見てもここまでの広さじゃ無かった筈だ。そろそろ大木の部屋に着いてもいいんじゃないか」
スピカは壁に手を添え、イオを横目で見る。
「…………えぇ、貴方の感覚は正しいわ。丁度、ここが入り口のようだわ」
目を伏せ、壁にマナを注ぎ込むと、壁が光り、模様に沿ってその光線が辿っていった。スピカはそのまま開けた木漏れ日に入っていく。
それに続きながら、二人はそれぞれ獲物を持って続くも、スピカがすぐにそれを制止した。出された静かな指示に応じ、イオはナイフを霧散させ、シアは鋏を懐に戻す。それから二人ともスピカより少し後ろに立ち、周囲の警戒に切り替える。
「牡羊の聖獣“アリエス”、貴方の崇高なる意志を称え、無礼を承知で────貴方の遺体を我らが欲する仲間の器へと変換致しますこと、お許しください」
赤黒い双眸を揺らしながら、落ち着いた声音で彼女は桜の大木の下で星々の輝きを仄かに放つ聖獣の遺体に触れた。
瞬間、周囲に星の光が舞い、聖獣が輪郭だけを残して甘い金色の靄になる。それに手をそのまま添えて、彼女が息を吹き掛けると、聖獣は一輪の花に姿を変える。
金色の花────向日葵を片手に握れる程小さくしたような“ルドベキア”の花だ。
「…………戻りましょうか」
※ ※ ※ ※ ※
「あっ、おかえりなさい! 大丈夫でしたか?」
想華が顔を上げて戻ってきた三人に手を振る。その付近で、蓬も薄ら笑いを浮かべていた。
「ハーヴェ達を呼んできて貰えますか?」
「はい!」
タムナジア、ルドベキア、憎悪の魂、そして水彩紙の髪束。これで、器に移す準備は整った。
「まずは、ルドベキアを器の形に整えなければなりませんね」
手先の器用なシアが、花瓶に差し替えられたルドベキアに触れて言う。
「マギアドールみたいにするの? 花だから……土? それとも太陽の砂糖?」
「マギアドールとは違った方法で編まなければいけないのですよ。僕にまかせて下さい」
ハーヴェの問いに手短に答えては、花の額に爪を立てる。それから糸を引っ張りだし、光を放つそれを指先で踊るように舞わせながら、花の輪郭をぼやけさせた。
やがて輪郭が膨らみ、身体が出来上がっていく。不思議な光景に、それぞれが唖然とした表情でその工程を眺めている。
「スピカ、髪束を」
微笑を噛んだまま、彼女は本から三つ編みの束を取り出して手渡す。
それは宙に浮き、解けて羊の綿のようになった。そのまま服として編まれていく。加えて足にベルトを通すと、そこに空いた窪みにタムナジアを縫い付けて魂石代わりにする。
「想華さん、ライツェアの魂をそこへ」
「了解です」
泡に包まれた魂を流し込むように花の雌蕊に染み込ませる。
牡羊の角はそのままに、羊の小さな獣耳が生え、アシンメトリーの短めな髪がなびく。それから、首元を隠すような襟のある白シャツに、金属円の着いたベルトを腹部に巻き、その上から羊の綿の巻かれたストールのようなそれを羽織っている。
“彼”が目を開けた────と思えば、少し空間がグラついてそれがなかったことになった。
ライツェアは影に解けていき、代わりに聖獣と合間に曖昧な存在の人格が混ざり合ってこの器に定着したように見える。
スピカはそれを不安そうに眺めていたが、やがて彼の体を包み込む光が収まり色が宿ると、安堵の息を吐いた。
「これで移すのは完了ね。後は、起きるまで待つだけかしら」
「起きたら、新しく名前を付けましょう。どうやら、ライツェアは影としてこの体に憑いたようです」
絵斗が静かにこぼす。これには皆同調する。
「────さて、そしたら……星書庫の床に置いていても何ですし、自室に寝かせて置きましょうか?」
次いで想華が聞くも、それはカルミアが止めた。首を横に振り、手を小さく上げて意思表示してから話し出す。
「個人的な意見ですけれど、客室の方が良いかと。ゴーストライターであるのは……いえ、ライツェアさんであるのはライツェアさんだけなのですよね? でしたら、異なる人型として接したいのです」
「成程。良いんじゃないかな。それじゃあ、カルミア。運ぶの手伝って」
「あ、はい!」
※ ※ ※ ※ ※
『演目終了』
その合図が来てから、私はまた目を覚ます。長い間息を止め、二度目の人生が始まった事を自覚した。
どこまで行っても、私の好んだ自然の星と花は、私を掬って水面へ落とすのだ。
我ながら醜い人間である。
私はどうしようも無い人間なのだ。そう、私はずっと考えている。人に悪影響しか及ぼさず、吐く言葉一つ一つが他人の鼓膜を揺らすたび、いつも不快不安憤慨憎悪、全てのネガティブな感情を沸き立たせるものなのだと考えている。
だからこそ、私は夢に夢を見る。架空上で、自分の思い通りに動かすことのできる演者達こそ、私のありのままを受け入れ、否定してくれるのだと思っている。
だとしても、私は他人に、友人に、家族に、他の大切な者たちに、口を開いては励ましと心配の言葉を吐かれるのを最上級の地獄とは思っていない。
好きの反対は無関心、そういう言葉がある。
貴方が私の書く物語に興味を持ち、そして好意を送り、私の愛している彼彼女らを貴方も愛してくれる時間が少しでもあるのなら、あったなら、私はとても嬉しいと感じるのだろう。
いや、そうであるのだと。
「────アリエス・ライツェアルド」
誰かに呼ばれる声が、ぼやけて輪郭を失いつつあるのを、私は空恐ろしく思っていた。