司書の本音1
「……ヴァダがライツェアとしてここに居るのなら、存在を安定させることが出来るかもしれないわね」
もしかして、彼は私にその事を考えて欲しくて、代筆者達との取引を図ったのかしら。
「とすると、ズレてしまったものを元に戻さなければならない。その点、何かしら心当たりというか……やり方を知っているんでしょう?」
「…………」
ヴァダの形をとるライツェアは、静かに頷く。
ヴァダと私は、本来存在しない不完全な世界の中で出会った。私は夢の神として、彼女はただの一人の人間として。石を依代として意識を繋いでいた私は、ヴァダに破壊されて肉体を持った。
その時気づけたのは、ゴーストライターになったことによる身体の変化と、それによる世界の歪さ。
作者が私達と同じ水鏡面之世に存在するただの人間であったら、だなんていう世界は、すぐに均衡を保てずに崩落した。その際、私だけがルークとネラに助けられ、この星書庫で世界を管理するよう任せられた。
それが、私の今までの軌跡。
ヴァダの魂が崩落により消滅しきれずに残り、名前を私に渡したことで水鏡面之世に顕現した──それが、ライツェアなのだ。
あの世界にも、名前の祝福という概念があったのだろう。
ライツェアとして生まれ、ゴーストライター加えて天照大神の神化者として存在している────これは、明らかにおかしいことなのだ。
ヴァダの転生先がライツェアだとして、彼は神化者や代筆者になるまでの間を抜かれた状態でそのまま存在している。その消えた時間が金木犀の大木に記録されていないから、存在が不安定になっている。
ならば、するべきことは一つだ。
時を越え現れた未来のヴァダの精神体──ライツェアを殺し、魂を肉体へ返す。彼が居た筈の世界を探し出し、ライツェアに辿り着けるよう導く。
「……ライツェア、貴方はまだここに来るべき時では無かったようね。少し残念だわ、ミーは────いえ、私は、以外にも貴方のことを好んでいたのよ」
「…………」
ライツェアは目をそらし、苦笑した。
鋏を強く握り直し、ライツェアに向ける。彼は立ったまま目を伏せて、刃の表面に手を添え自身の首元に引っ張る。
「──スピカ!」
「────」
瞬間、星書庫の扉が勢い良く開かれ、シアとイオが──いや、ゴーストライター全員が入ってきた。私は手を止め、ライツェアの顔を見た。
彼は振り返ることもせず、ただ微量の息を吐くだけだ。
「皆揃ってどうしたのかしら?」
「どうしたもこうしたも……皆で話して行動が決まったから、来ただけだ」
イオはシアを見て頷き合う。
「ライツェア、貴方はもしかすると────獏の生んだ夢幻の人型ではありませんか?」
「…………」
「獏。……なるほどね。シア、イオ。貴方達の推測は正しいわ。確かに、彼はヴァダ・バクの精神体、過去から未来に送った夢」
ヴァダは私に名前を渡したとき、私の眷属になった。正確に言えばオネイロスの。しかし、獏の人型になれど地の底から私を呼んでいる。
「私は今から、彼を元いた場所に返すわ。心当たりはあるのよ? 彼が色々なヒントを話してくれたから」
「……スピカ」
「代償を皆から集めて周り、今ここで消滅することを彼は選んだ。それはただ消えるよりも、皆の重荷を取り払ってからの方が良いと考えた結果でしょうね」
「…………」
ライツェアは振り返り、ライター達を見る。
「皆、協力してくれるかしら。彼の存在を確固たるものにするために。必ず、今のライツェアが戻ってくる確証も無いけれど」
「…………」
絵斗が前に出て、カメラを持ちコンセントを伸ばす。こちらを見て頷くと、ライツェアが刃を首に近付けた。