11話 そばにいたい
「陽介! しっかりやれよ」
「……うん! じいちゃん、ありがとう。また今度、帰ってくるからさ……」
駅まで陽介を送り届け、祖父は励ましの言葉をかけた。久しぶりに会った祖父母と、すぐに別れることになり、陽介は少し寂しそうな瞳で見つめる。
「ええんじゃ、いつでも帰ってこい。次は二人でも構わん」
祖父はニヤリと笑い、陽介はしばらく考えてから、顔を真っ赤にした。
「じゃ、じゃあね、じいちゃん!」
照れて走り去っていく陽介を見送った後、祖父は車に戻り、タバコに火をつける。
「さ、わしも大事な人とやらの所に戻るかの……」
しばらく一服し、祖父は鼻唄を歌いながら車を走らせるのだった。
朝方、奈美子はスマホの画面を数分置きに確認しては、ため息をついていた。
「……返事、ない。やっぱり、私の事なんて、もう呆れちゃっちゃのかな……」
ふっと寂しそうに笑い、奈美子は出勤の準備をして、アパートを後にする。
「奈美子、川崎さんに連絡できた?」
「うん……けど、返事ないんだ。見てくれてはいるんだけど」
困ったように笑う奈美子に、歩実も落ち込んだようにため息をついた。
「はぁ、そっか……でも、まだわかんないじゃん。もしかして、奈美子からの連絡に気が動転して、返事忘れてるのかも!」
「……ふふ、そうだといいね」
その場の思い付きの励ましに、奈美子は笑っていたが、変わらず寂しそうな顔をしていた。
「佐崎さん! 無駄話してないで、申し送り始めてちょうだい!」
「は、はい、すみません!」
先輩看護師に注意され、歩実は慌てて仕事に戻っていった。
電車に揺られながら、陽介は奈美子のアパートの鍵をぎゅっと握りしめていた。アパートを出てきた際に、返しそびれてしまっていたが、奈美子との唯一の繋がりが無くなってしまうような気がして、ずっと手放すことが出来なかった。
外はすっかり暗くなり、静かな町並みから、だんだんと明かりが灯る、賑やかな風景に変わっていく。再び奈美子に会える嬉しさと、緊張で、陽介は動悸が止まらず、そわそわと落ち着かないようすだった。
「小次郎……応援しててね」
鍵に付いている熊のキーホルダーに話しかけ、陽介は必死に自分を落ち着かせるのだった。
「はぁ、もう真っ暗。年末の残業は嫌だなー」
しっかりと残業を終えた奈美子は、とぼとぼと帰宅していた。途中、何度もスマホを見るが、やはり陽介からの返信はなかった。
「もう、嫌われちゃったのかもね……」
自分で呟いた言葉にショックを受けて、じんわりと涙が溢れてくる。アパートが近づいて、奈美子はぐっと涙を引っ込めながら、階段を昇る。
鍵を取りだし、開けようとするも、すでに玄関の鍵は開けられていた。
「……確か、朝は閉めたはずだけど……」
空き巣かもしれないと、奈美子は恐怖を感じながらも、そろっと玄関のドアを数センチ開け、中の様子を見る。
部屋は明かりが点いており、見慣れた人影が、部屋の片付けをしているようだった。
奈美子は急にドキドキと動悸がし、そーとドアを閉めて、何度も深呼吸をする。
すると、今度は逆に、玄関のドアが勢い良く開け放たれた。
「奈美子さん!?」
「イタっ!」
ドアに頭をぶつけた奈美子はその場にうずくまり、中から出て来た陽介は、おろおろと慌てふためいている。
「ごご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
同じようにしゃがみこみ、奈美子の様子を覗き込む陽介の体に、奈美子は勢い良く抱きついた。
「わっ!」
陽介は体勢を崩し、二人はその場に倒れ込む。奈美子はポロポロと涙を流しながら、陽介を抱きしめていた。
「ごめんなさい……私のせいで……」
何度も謝る奈美子を抱えながら、陽介は愛おしそうに背中を撫でる。
「大丈夫ですよ。もう、どこにも行きませんから……」
陽介は幸せそうな表情で、奈美子が泣き止むまで、体を離すことはなかった。開けられた玄関の隙間から、冬の冷たい空気が流れ込んでいたが、二人は暖かく、満ち足りた気持ちでいた。
「もう、大丈夫ですか?」
「……はい。取り乱して、すみませんでした」
二人は隣同士、ソファーに座っていた。奈美子はだいぶ落ち着いた様子で、勢い良くティッシュで鼻をかんでいる。陽介は微笑みながら、時々奈美子の背中をさすってあげた。
「私、弟がいたんです。小学校の時に、病気で亡くなって。その事が、ずっと心に残ってて、川崎さんに八つ当たりみたいに……」
「ごめんなさい、うまく言えなくて……」
奈美子は自分の気持ちをうまく伝えることが出来ず、話の途中で俯いてしまう。
「……そうだったんですね。あの、弟さんって、奈美子さんの事が、大好きだったんじゃないんですか?」
「え?」
陽介の言葉に、奈美子は驚いた表情で、パッと顔を上げる。
「だって、こんなに何年も、弟さんの事を思ってるんですよ。仲良しの兄弟がいて、羨ましいです」
「……はい、そうだと、私も救われます」
奈美子は泣き腫らした顔で、明るく微笑んだ。
「……俺、今は奈美子さんの弟になりたい訳じゃありません」
「川崎さん?……」
陽介は奈美子の方を向いて座り直し、じっと目を見つめる。
「お、俺、これからもずっと、奈美子さんのそばにいたい。もう、離れたくありません。だから……」
言葉に詰まり、小さく震えていた陽介の手を、奈美子はぎゅっと握った。
「川崎さんがいなくなって、私、自分したことを、すごく後悔しました。どうして、あんな追い出すような事言ってしまったんだって……私は、ずっとあなたに傍に居て欲しかったんだって、その時にやっと気付いたんです」
「奈美子さん……」
「だから、私からもお願いします。これからもずっと、一緒にいてください……」
奈美子は自分の思いを素直に打ち明ける。陽介は泣き出しそうな表情で、奈美子の体を抱き寄せる。
「はい……、俺、ずっと奈美子さんと一緒にいます!」
奈美子は慈しむように、陽介の体を抱き返した。
朝日が差し込むなか、陽介は久しぶりの上下スウェットに身を包み、朝食の支度をしていた。
美味しそうな卵焼きの匂いに誘われて、奈美子は布団から芋虫のように抜け出す。そして、毛布にくるまったまま、キッチンの陽介の元に、のそのそと歩いていった。
「あ、あはようございます。ふふ、寒そうですね」
「誰かさんが、先に布団から出てったから、冷えて目が覚めちゃいました」
少しむくれた表情で、奈美子は陽介の傍に寄り、卵が焼ける様子を覗き込む。
「ご、ごめんなさい……でも、もうすぐ、卵焼き出来ますから。ね?」
陽介は顔を赤くして、奈美子の機嫌をとるように笑いかけた。
穏やかに朝食をとりながら、奈美子はふと話を切り出す。
「そう言えば、どうして返事、返してくれなかったんですか? 急に部屋に居るし、泥棒かと思ってヒヤヒヤしましたよ」
「え? 返事?」
「ん?」
「あー! すっかり忘れてました! 俺、早く奈美子さんに会わないとって、そればっかりで……」
陽介は連絡をとることが、すっかり頭から抜け落ちていたようで、照れながら頭を掻いていた。その懐かしいような光景に、奈美子は少し呆れたように笑う。
「はぁ、まさか歩実の言った通りとは……」
「え? 歩実さん?」
とぼけた顔で聞き返す陽介をじっと見つめ、奈美子は不意に、その頬に唇を軽く当てた。
「ちょ、ちょっと奈美子さんっ!」
頬に手を当てて、真っ赤な顔をしている陽介を見て、奈美子はクスクスとイタズラに笑っていた。
「返事、忘れてた仕返しですよ」
年が明け、新しい一年が始まる。陽介は爽やかな紺色のスーツと、可愛らしい熊柄のネクタイを身に付けて、今日も仕事の支度をする。
「陽介さん! スマホ、忘れてますよ!」
「あぁ! すみませんっ」
「もう、しっかりしなきゃ。じゃ、気を付けていってらっしゃい!」
「はい! あ、あれも忘れてました……」
「え?」
陽介は思い出したように言うと、体を屈め、奈美子のおでこに、そっと口づけを落とす。
「いってきます!」
陽介は照れながら、慌てて出ていく。玄関を開けると、隣のおばさんが久しぶりに声をかけてきた。
「あら、弟さんじゃない! これから仕事かい?」
「はい! あ、俺、弟じゃなくて、彼氏ですから」
「えぇ!?」
去り際に、おばさんに訂正しながら、陽介は晴れやかな顔で、走って職場に向かっていくのだった。
部屋に残った奈美子は、おでこをそっと触りながら、幸せそうな表情でつぶやく。
「ふふ、さ、もう一眠りしよっと」
これまで読んで下さって、ありがとうございます。
本編はこれにて、終わりになります。
初めて長い物語を書いたのですが、なかなか難しいものですね。複雑な物語を考える方々、本当に尊敬します。
更には恋愛小説なんて、自分の恋愛もままならない者が、しゃしゃり出てすみませんって感じでした。
でも書き始めてみると、案外楽しい部分もあって、またチャレンジしてみたいなぁとも思います。
終わってみれば、気の良い人物ばかりで、1人くらいは悪いヤツも登場させてみたかったですね。
あと少しだけ、後日談のようなお話を投稿して、完結にしようと思いますので、また良ければ読んでもらえると嬉しいです。




