〈白の聖霊〉の加護
「〈サズ〉、〈ハア〉さん、本当に良かったな。これで元通りになるな」
お父さんと近い年恰好のおじさんが、バンバンとお父さんの背中を叩きまくっている。
叩かれたお父さんは、少しも怒らず逆にとても嬉しそうにしている。
「ははっ、本当に〈聖女様〉のお陰だよ。 俺の足も歩けるぐらいには、良くなったしな。 またよろしく頼むよ」
「〈ハア〉ちゃん、〈サト〉ちゃんのこと良かったわね。 旦那さんの足も良くなったみたいだし、あなたの頑張りが報われたのよ」
「うぅ、〈ヒイ〉ちゃん、ありがとう。 うっ、…… 」
お母さんは涙で言葉を詰まらせてしまったけど、友達の奥さんに、労わるように背中をさすられている。
「へへっ、〈サト〉ちゃん、明日からまた遊ぼうね」
「うん、〈ヒヨ〉ちゃん。 〈サト〉は〈ヒヨ〉ちゃんとまた遊べるんだね。 嬉しいな」
〈サト〉ちゃんは、お友達の手を握ってその手をブンブンと振っている。
お友達も振っているから、二人の手がもげそうで怖いほどだ。
まだ順番を待っている村の人に、手を振って僕達は帰ることにした。
お父さんはまだ足を引きずっているけど、帰り道は一人で歩けるまで回復している。
〈回復の祈り〉と言うのは、強力なものなんだな。
〈聖女様〉って、皆に言われる訳だ。
家に帰った後も、〈サト〉ちゃんも、お母さんも、お父さんも、すごくご機嫌だ。
気持ちが悪いほど笑い合っているのだが、今日から元通りの生活が戻り、差別されることが無くなるんだからしょうがないと思う。
「〈ゆいと〉君は、〈白の聖霊〉の加護を持っているのかい」
はぁ、加護ってなんですか。
ステータスを見られないのに、どうやって調べるものですか。
「えっ、加護ですか。持ってないと思いますよ」
「ほぉー、そうなのか。 〈聖女様〉がおっしゃっていた〈白の聖霊〉の加護は、てっきり〈ゆいと〉君だと思っていたんだけどな」
「はっ、お父さん。 〈ゆいと〉お兄ちゃんは、分かっていないだけじゃないかな。 〈ゆいと〉お兄ちゃんを見つけたのは、〈千年様〉の近くだよ」
えぇー、見つけたのは〈サト〉ちゃんなの。
僕が〈サト〉ちゃんを見つけたんじゃないんだ。
「あぁ、〈神隠し〉で現れたのが〈千年様〉の所なら、加護があっても不思議じゃないですね」
「あの、その、〈千年様〉って何ですか」
「あぁ、それは。 白い花を咲かせる大きな木なんだ。 千年以上生きていると言われている御神木なんだよ。 〈ゆいと〉君も見ただろう」
「あぁ、あの木ですね。 確かに神々しい木ですね」
〈サト〉ちゃんも、お母さんも、お父さんも、僕を無視して「うん」「うん」と頷いて、僕を放置したまま勝手に納得してしまっている。
人間って困ったものだよ。
理解不能な現象を、自分が納得出来るストーリに書き換えて、己の精神の均衡を保とうとするんだな。
実害はないのだから、どうでも良いや。
「〈ゆいと〉お兄ちゃん、〈サト〉も馬小屋で寝たらダメかな」
えぇー、何てことを言い出すんだ、〈サト〉ちゃんは。
僕も初めてだし、心の準備はまだ出来ていないんだ。
んー、そうじゃなくて、〈サト〉ちゃんにはまだ早い、んー、でもないよな。
「〈サト〉ちゃん、そんなことダメだよ」
「うー、やっぱりダメか。 ここんところ夜になると、お母さんとお父さんの声が大きいから、〈サト〉困っちゃうんだ。 ふぅー」
わぉー、お母さんとお父さんは何をやっているんだ。
二人とも、足が治ったから今までの御無沙汰を、取り戻そうとしているんだな。
家は広く無いんだから、声を出すのを我慢しろよ。
〈サト〉ちゃんの教育に、甚だしく悪い影響を与えているだろう。
「あっ、お父さんだ」
「おっ、今日は〈ヒヨ〉ちゃんの家じゃないんだな」
「うん、今日は〈ヒヨ〉ちゃんが、こっちにくるんだよ。 それとね。お父さん、私は弟が良いな」
「げっ、げほ、えぇっと、それはお母さんに言いなさい」
「うん、分かった」
〈サト〉ちゃんはタタッと小走りで、家の中に入っていった。
お母さんとお父さんは、今日の夜にどんな話をするのだろう。
興味深いな。
お母さんの機嫌が悪くなり、今日は弟が受精するような行為は、たぶんしないだろうな。
「うっ、うほん、〈ゆいと〉君に頼みと言うか、相談があるんだが、今時間はいいかな」
「えぇ、良いですよ」
「実はな。 〈ゆいと〉君に、〈魔物〉の討伐に参加してほしいんだよ。 〈魔物〉と言っても一番弱い〈小鬼〉だから、それほど危険ではないんだ」
おぉー、〈魔物〉って魔獣と同じようなもんだろう、いよいよテンプレっぽくなってきたな。
だけどな。
武道の経験も、武器を持ったこともないのに、僕にはとても出来そうにないぞ。
とりあえず、怖いって言うのが本音だ。
「えぇっと、僕は〈魔物〉を見たことも、武器を持ったこともないんです」
「そんな人も多いんだ。 そのことで心配は不要だよ。 新人には訓練を受けてもらうからな。 それとこれは言い難いことなんだが、〈ゆいと〉君のことは〈神隠し〉にあったと村に説明しているのだが、村の約束事で若い男は〈魔物〉の討伐に参加しなくていけないんだ。 そうしないと、村に居づらくなってしまうんだよ。俺の足が前みたいに動いたら、代わってあげるんだけどな」