第7話 魔法
「魔法が使えないなら、他の特技でもいいわ」
「皆様にお見せできるような特技は、ありません……」
押し殺した声でそう言うと、女性たちは口許を扇で隠してクスクスと笑う。
「まぁ、皆さん。笑うなんて酷いわ。素直にできないと言えるなんてすごいじゃない。普通は恥ずかしくて言えないものよ」
オリヴィエの言葉はエステルをかばっているような口ぶりだが、明らかに侮辱している。
(悪口はお手のものね……)
貴族たちはなぜこうも口が達者なのだろうか。人を侮辱したり、逆撫でたり、するすると水の流れのように悪口が出てくる。
エステルはげんなりとしながらも、表情は変えず頭を下げた。
「大変申し訳ありませんが、特技の披露は辞退させていただきます」
「しょうがないわね。それじゃあ、質問に答えてもらおうかしら」
「質問、でございますか?」
「ええ。エステルさんはおいくつなの?」
「24歳です」
「24歳! そんな年齢になるまで、なぜ結婚しなかったの?」
「そ、それは……」
エステルが言い淀むと、すかさず取り巻きの女性が口を開いた。
「噂で聞いた話では、何度もお見合いが破談になっているとか」
「まぁ、そうなの?」
「魔法が使えないと、やっぱり結婚も難しいのではないでしょうか、オリヴィエ様」
「そうねぇ。平民でさえ魔法は使えて当たり前だしね。『持たざる者』は仕事さえ見つからないと聞いたことがあるわ」
オリヴィエの言葉に、女性たちはしきりに頷く。エステルはただ黙ってそれを聞いていたが、ふとオリヴィエがこちらを向いた。
「エステルさん、ごめんなさいね。魔法を使えないなんて、あまりにも珍しくて失礼なことを言ってしまったわね」
「いえ……」
「さぁ、あちらの空いている席に座って?」
「はい……」
やっと吊し上げが終わってホッとしたエステルは、一番遠いテーブルに向かって歩きだす。
その時、ヒュッと風が足元を通り抜けた。その途端、引っ張られるようにぐらりと身体が傾き、エステルはその場に転んでしまった。
「痛……」
地面についた手が痛んで顔を歪めると、全員がクスクスと笑いだした。
エステルは黙って顔を上げ、立ち上がる。
「あらあら、大丈夫?」
「緊張しているのかしら?」
「子爵令嬢じゃ、そうそう宮殿に入れないもの。足元も覚束ないわよね」
口々に悪口を言う女性たちに視線を送るが、ついと視線を逸らされて終わりだった。
「エステルさん、大丈夫?」
背後からオリヴィエが声を掛けてきて、エステルは振り返ると笑顔を向けた。
「大丈夫です。お恥ずかしいところをお見せいたしました」
「いいのよ。座って」
「はい」
同じように笑顔を返すオリヴィエに返事をすると、エステルは静かにイスに座った。
それからしばらくの時間は穏やかな時間が続いた。話の中心はずっとオリヴィエで、エステルはまるでそこにいないかのように無視された。
エステルとしては無視されている方が楽なので、この時間が終わるまでこのままでいいと思っていたのだが、そう簡単にはいかなかった。
「エステルさん、お妃教育は進んでる?」
ふいに話し掛けてきたオリヴィエの言葉に、女性たちが驚いた顔をした。
「え!? お妃教育ってどういうことですの!? オリヴィエ様!」
「エステルさんは、皇太后様に皇后候補として宮殿に呼ばれたのよ」
「そんな! オリヴィエ様がいらっしゃるのに!?」
大袈裟に驚いた女性に続いて、他の女性たちも口々にオリヴィエを褒めそやす。
「オリヴィエ様こそ皇后に相応しいのは、誰もが知っていることですのに!」
「陛下と幼い頃から共に過ごしたオリヴィエ様しか、皇后にはなれませんわ!」
「なぜ皇太后様はそんなことを!?」
オリヴィエは全員の言葉を聞いて、満足げに笑みを作る。
「皆さん、エステルさんの前でそんなことを言ってはだめよ」
「ですが、オリヴィエ様は皇后になるために、ずっと宮殿で学ばれてこられたのに……」
「そうだけど、皇太后様のことを悪く言ってはいけないわ。皇太后様は国のことを思って苦渋の決断をしたのよ。陛下のお気持ちを考えると、私も心が痛いわ」
(なるほど、これを見せつけたかったということね……)
誰もがオリヴィエを皇后として推している。それを自分に見せつけたかっただろう。確かにオリヴィエ本人が言うよりも、周囲の声を直接聞かせた方が効果はある。
エステルはなかなかに狡猾なオリヴィエのやり口に感心しながらも、溜め息を漏らさずにはいられなかった。
「エステルさん。いいえ、もう私たちはお友達よね。エステル、そう呼ばせて」
「はぁ……」
「何か分からないことがあったら、私に聞いてね。何でも答えられるから」
「なんてお優しいんですの、オリヴィエ様は……」
芝居じみた様子で目元にハンカチを添える女性に、オリヴィエは微笑む。
「さぁ、今日はこのくらいでお開きにしましょうか」
オリヴィエはそう言うと、ゆっくりと立ち上がる。それに倣って全員が立ち上がった。
「では皆さん、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
(やっと終わった……)
エステルは伸びをしたい気持ちをぐっと堪えて、しずしずと歩きだす。だがその時、またヒュッと足元で風の気配がした。
エステルは何食わぬ顔で上げた足を前には出さず、後ろに引く。そのまま一度足を地面に着地させると、半歩右に動いてから早足でオリヴィエに近付いた。
そうして驚いた表情のまま固まっているオリヴィエの肩に手を置く。
「な、何をするの!?」
「肩に糸くずが」
「え……? あ、ああ、そう……。ありがとう……」
明らかに動揺したオリヴィエは、取り繕うようにぎこちない笑みを見せる。
エステルは「いいえ」と笑って答えると、会釈をして横を通り過ぎた。
「な、なに……? 魔法が使えない……! どうして!?」
背後でオリヴィエの困惑した声が聞こえたが、エステルは振り向かずにその場を去った。
自室に戻ると、マリーが出迎えてくれた。
「お疲れさまでございました。どうでしたか?」
ソファにドサッと座ったエステルは、そのまま横に倒れ目を閉じる。
「悪口大会だったわ」
「まぁ。それは大変でしたね」
「みんな、オリヴィエ様が皇后だと言っていたわ」
「それはまぁ、侯爵令嬢ですし、誰も逆らえないでしょう」
「そうねぇ……」
マリーはそばに寄ると、エステルの髪からそっと髪飾りを外していく。
「お嬢様の存在はオリヴィエ様には目の上のたんこぶでしょうし、早めに潰しておきたいのでしょうね」
「魔法を使われたわ」
「あら。どんな魔法ですの?」
「子供のいたずらレベルよ。風で足を引っ掛けられた。二度も引っ掛かってあげるのもどうかと思って、魔力を削ろうと思ったら全部吸ってしまったわ」
エステルは目を開けて起き上がる。手袋を外すと、自分の手を見つめる。
「一度で吸い切れるなんて、大した魔力ではありませんわね」
「そうね。貴族の中でも最低レベルだと思うわ」
「なるほど、だから陛下に釣り合わないのですわね」
マリーの言葉にエステルは返事をせず考え込んだ。
(彼女は彼女で悩んでいるんだろうな……)
皇后になることは認めてもらえないのに、政治的な思惑のために宮殿に留め置かれているのは、オリヴィエにとっては苦しいことだろう。
(同情はできないけどね……)
取り巻きをはべらせ、意に添わぬ者を攻撃することを躊躇わない、そんな人に共感なんて湧かない。
それでもこの豪華絢爛な宮殿の中で、誰もが悩み苦しんでいるのだろうということは理解した。




