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第4話 オリヴィエ

 次の日、迎えの馬車に乗り込み宮殿に向かうと、美しい客室に通された。


「豪華な部屋ですわね」

「豪華すぎて居心地が悪い気もするけどね」


 侍女のマリーが部屋中を見回して目を丸くする。エステルは苦笑しながらソファに座ると、同じように部屋に視線を送った。

 天蓋付きのベッドも、揃いの家具もどれも最高級品だろう。本来なら飛び上がって喜ぶような部屋だが、今はそんな気にはなれない。


「お妃教育が始まるのは明日からですから、今日はお気持ちを整えるためにもゆっくり致しましょう」

「そうね……」

「あとでお庭に出てみませんか? 今の時期はバラが見頃でしょうし」


 マリーが気を遣って笑顔で言ってくれるが、エステルは小さく頷くことしかできない。

 その様子にマリーは顔を曇らせてそばに寄った。


「やはり気が進みませんか?」

「……社交界で散々嫌なことには慣れたつもりでいたけど、やっぱり気が滅入るわね」


 魔法が使えないというだけで、社交界では女性たちにいじめられてきた。若い頃はそれでもめげずに出席していたが、年齢が上がれば上がるほど年下の子たちからの陰口や囁く声に耐えられなくなり、今では大きな舞踏会以外は出席しなくなっていた。

 宮殿には常に高位の貴族たちが出入りしている。ここにいる限り誰にも会わずにいることはできないだろう。それを考えると気が重くて仕方ないのだ。


「お嬢様……」

「そんな顔しないで。私がいじめられたからって挫ける性格じゃないって知ってるでしょ?」

「分かっておりますが……」


 マリーは膝をつくと、エステルの手の上にそっと自分の手を重ねた。


「お嬢様、何かあれば必ず私に言って下さい。お嬢様をお守りするのが、私の仕事なのですから」

「……うん。当てにしてるわ」


 エステルはマリーの優しさに笑みを浮かべると、小さな声で返事をした。

 午後になって荷物を片付けると、エステルはお妃教育を受ける部屋に向かった。今日は勉強はないが、宮殿内は広く、道に迷ってしまいそうで、今のうちに場所を確認しておきたかったのだ。

 宮殿内は小さな部屋を繋いだような造りになっており、どの部屋にも休憩できるようにか、イスやテーブルが置かれている。男性の姿はちらほら見掛けたが、あまり女性の姿はなく、エステルは思いのほか気楽な気持ちで部屋を見て回れた。

 しばらくしてやっと煌びやかな廊下を歩くことに慣れてきた頃、前方から華やかなドレスを着た女性たちが歩いてくるのが見えた。エステルはドキッとしたが、表情は変えず足を止めると廊下の端に寄り頭を下げた。


「あら、見掛けない方ね」


 素通りしてくれるかと思ったが、願いも空しく先頭を歩く女性が足を止めた。

 張りのある高い声で女性はそう言うと、持っていた羽根扇をふわりと揺らす。おずおずと顔を上げると、女性は「あら」と目を開いて小首を傾げた。


「あなた、エステル・オーベリンね」

「は、はい……」

「私はオリヴィエ・フェルトというの。よろしくね」


(オリヴィエ・フェルト!)


 その名前にエステルはつい表情を変えてしまった。

 オリヴィエ・フェルトという名前は、貴族の女性なら誰でも知っている。侯爵の娘で、蜂蜜色の髪と青い瞳、人形のように整った容姿は、社交界の中でも抜きんでて美しいと評判だ。皇帝とは幼馴染で、幼い頃から共に育ち、皇后はオリヴィエで決まりだろうと常に噂されている人物だ。

 社交界にあまり出ないエステルでさえ、名前はよく知っている。


「私を知っているのね」

「それは、もちろん……」

「オリヴィエ様にもっとしっかり挨拶をしなさい」


 オリヴィエの後ろにいた女性がきつい声で言う。エステルは慌てて腰を深く下げると、頭を下げた。


「エステル・オーベリンでございます。お目に掛かれて光栄に存じます」

「……あなたのような方が、皇后に?」


 それまでの明るい声とは打って変わって低い声でそう言うと、オリヴィエは扇でエステルの顎を掬い上げ顔を覗き込んだ。


「お顔で、オージェ様を虜にした、という訳ではなさそうね」


 オリヴィエがそう言うと、取り巻きの女性たちがクスクスと笑いだす。

 その嫌な空気にエステルは眉を顰めた。


「だめよ。宮殿では、常に笑顔でいないと」

「私は」

「オリヴィエ様に口答えしない!」


 エステルが口を開こうとすると、また取り巻きの女性が声を上げる。


「皇太后様はいったい何を考えているのか、私にはまったく分からないわ」

「オリヴィエ様がいらっしゃるのに、どうしてこのような者を呼んだのでしょう?」

「子爵令嬢なんて、オリヴィエ様の足元にも及ばないのに」


 オリヴィエは取り巻きの言葉に笑顔を浮かべると、細い指を顎に滑らせる。


「皇太后様が何を言おうと、オージェ様が私以外を受け入れるなんてあり得ないわ。ねぇ?」

「もちろんですわ! 幼馴染のオリヴィエ様以外、女性はそばに寄ることもできませんもの!」

「どうせ陛下の雷撃に打たれて終わりですわ」

「まぁ、それは大変な大怪我よ」


 そう言いながらも、オリヴィエは楽しげに声を上げて笑う。

 エステルはずっと腰を深く落としたままの姿勢で、さすがに足がプルプルと震えてきた。


「オージェ様はあなたを受け入れることはないでしょう。貴族も、あなたを認める者などいない。早く辞退して家に帰ることね」


 オリヴィエは優しい声で言うと、取り巻きを引き連れて廊下を去って行った。

 その姿が廊下の角で見えなくなってから、エステルは足に力を入れて姿勢を戻した。


「はぁ……」


 大きな溜め息をついて足をさする。


(偶然……、じゃないわね……)


 自分が宮殿に来るのを知って、待ち構えていたのだろう。


(面倒なことになりそう……)


 エステルはこれからのことを考え、さらに憂鬱な気持ちが胸に広がるのを感じた。

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