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第34話 その後

 それから数日間、宮殿内は大騒ぎだった。オリヴィエ一人の犯行であるわけがないと、父親のフェルト侯爵が捕縛された。取り調べが続くなか、エステルはクロトから休暇を出され部屋で大人しくしていた。

 夜、もうそろそろ寝ようかと思っていると、オージェが部屋を訪れた。


「陛下、こんな時間にどうなさいました?」

「すまない。もう寝ているかと思ったが、顔が見たくて」

「え、あ……、そうですか……」


 オージェの言葉に真っ赤になると、エステルは動揺を隠すように視線を逸らした。


「ど、どうぞ、中へお入りください」

「ああ」


 ソファに促すと、マリーがお茶の支度をしに部屋を出て行く。

 二人きりになると、一人掛けのソファに座ったオージェが真剣な目で話しだした。


「オリヴィエのことで色々分かったので、知らせておこうと思ってな」

「はい」

「オリヴィエがしていた赤い指輪は、やはり強力な呪具だった。父親が東国から買い求めたらしい」

「侯爵はなぜあんな危険なものを?」

「どうしても娘を皇后にしたかったんだろう。エステルが魔力を吸収できる特異体質だと知って、同じような力が宿る呪具をオリヴィエに与えれば、皇后になる資格を持てると思ったのだろう」


(危険だということは分かっていたはず……。そうまでして皇后に、陛下の妻になりたかったのかな……)


 エステルはオリヴィエが口にした色々な言葉を思い出し、重い溜め息をつく。

 オリヴィエが皇后の地位に固執していたのか、本当にオージェを愛していたのかは分からない。けれど子供の頃から周囲に期待され、それに応えるために努力をし続けたことは確かだろう。その果てにあんな騒ぎを起こしたというなら、哀れに思えてならない。


「あの指輪は魔力を吸収できる魔法具だと言われて、フェルト侯爵は買ったと言っていた」

「そんな魔法具があるわけない……」

「ああ。あれは周囲からすべての魔力を吸収し続け、全員を廃人にさせる。そういう呪いが掛かっていたようだ。指輪に嵌っていた石は砕けたあとも力が残っていたらしく、今はオルガが封印して厳重に隔離してある」


 それほど危険なものだったのかとエステルはゾッとした。魔法が使えるようになっていなければ、今頃どうなっていたか考えたくもない。


「それから、以前そなたが森でクロトと剣を交わした時、野盗のような奴らに襲われただろう? あれも侯爵の差し金だった。まだ調べは終わっていないが、野盗のように見せた私兵でそなたを亡き者にしようとしたようだ」

「私が皇后候補になったから、ですか?」

「ああ。母上の命令でそなたが宮殿に呼ばれたものだから、だいぶ焦ったようだ。本当はそなたが家に戻る途中で馬車を襲うつもりが、たまたまクロトが城下町から外に連れ出してしまったので、それに便乗したらしい」

「そうだったのですか……」


(私、知らないうちに狙われていたのね……)


 人に恨まれるような生き方をしてきたつもりはないのに、皇后候補になっただけで殺されそうになるなんて、怖ろしさよりも悲しく感じた。


「フェルト侯爵はたぶん死罪になるだろう。オリヴィエも死罪をという声が上がっているが、まずは意識が戻るのを待ってから改めて罰を与えるつもりだ」

「オリヴィエ様は目覚めるでしょうか」

「分からない。怪我は魔法で治療したが、意識が戻るかどうかは……」


 オージェの苦しげな表情に、エステルも眉を歪める。あれだけのことをしたとはいえ、エステルはオリヴィエを心の底から憎むような気持ちにはならなかった。


「早く意識が戻るといいですね」

「エステル……。そなたが宮殿にいる時、オリヴィエはそなたに随分意地悪をしたようだな。それなのにそなたはオリヴィエを憎んでいないのか?」

「憎むだなんてそんな……。オリヴィエ様のしたことを擁護することはできませんが、気持ちはなんとなく分かりますから……」


 生きる道が定められた女性の苦しさは、きっと女性なら誰もが分かるものだ。期待された道から外れてしまえば、周囲から落胆され、捨てられてしまう。その恐怖を味わうくらいなら何でもするだろう。

 エステルは魔法を失った時、嫌というほどその気持ちを味わった。今はもう周囲の声に傷付くようなことはないが、それでも最初の頃は辛くて仕方なかった。もし自分がもう少し弱い人間だったら、もしかしたらオリヴィエのようになっていたかもしれない。


「そなたは強いな……。だがやはり謝罪は必要だ。オリヴィエが酷い事をして悪かった」


 頭を下げるオージェに驚き、エステルは慌てて手を上げた。


「頭を上げてください。陛下は悪くないのに」

「いや……。オリヴィエがああなってしまったのは私のせいだ。私の力を怖がらず、ずっとそばにいてくれるオリヴィエを甘やかしてしまった。それが彼女を助長させてしまったのだろう。すまない」

「陛下……」


 エステルは気落ちしたような表情のオージェになんと声をかけていいか分からず、少し考えると立ち上がった。


「エステル?」

「……少し、風に当たりませんか?」


 そのままバルコニーに出ると、満天の星を見上げる。オージェも隣に並ぶと、深く息を吐きだした。


「だいぶ寒くなったな」

「もうすぐ初雪が降るかもしれませんね」


 エステルはそう言うと、右手を上げて空を指差す。すると、キラキラとした光が雪のように降り注いできた。

 オージェは目を見開いて手を伸ばす。


「この魔法は……」

「覚えておいでですか?」


 エステルの言葉に、オージェは落ちてくる光を手のひらで受け止めふっと微笑む。


「ああ、初めて会った時に見せてくれた魔法だな。魔力の性質に星の光の力があるなんて知らなかったよ」

「私の名前の由来なんですよ。私が生まれた日、夜空にたくさんの流れ星が落ちたと両親が言っていました。だから星という意味のエステルと名付けたと」

「そうだったのか。美しい名前だな」


 オージェはエステルに顔を向け優しく微笑むと、その身体をふわりと抱きしめた。


「騎士服姿も凛々しくて良かったが、やっぱりエステルはその姿がいいな」

「陛下……」

「名前を呼んでくれと言っただろ?」

「オ、オージェ様……」


 恐れ多くて名前を呼ぶのを躊躇していたが、おずおずと呼んでみると、ギュッと抱き締められた。

 幸せな気持ちが心に満ちて、エステルは目を閉じる。けれどすぐにハッと目を開けると、オージェの顔を見上げた。


「オージェ様、聞きたいことがあって……」

「なんだ?」

「えっと……、あの、私、24歳で、もうすぐ25歳になってしまうのですが、それは大丈夫なのでしょうか……」


 エステルはオージェより4歳も年上で、もう婚期は過ぎてしまっている年齢だ。オージェがそれを気にしていたらどうしようと訊ねると、オージェはキョトンとしたあとくつくつと笑いだした。


「何を言いだすかと思えば、そんなことか」

「そんなことではありません。年齢はどうにもならないことだし……」

「エステル、年齢のことなど私はまったく気にしていないぞ」

「本当ですか?」

「ああ。それにそういうところは、年上には見えないしな」


 楽しげに笑って言ったオージェにエステルが首を傾げると、オージェは笑いを収めてじっとエステルを見つめた。


「私もエステルに聞きたいことがある」

「なんでしょうか」

「その……、クロトのことはどう思っているんだ?」

「クロト様、ですか?」

「私よりもよほどそばにいただろう? あの気難しいクロトと、とても気が合っているように見えた。あれはもしかして……」


 オージェの少し不安が混ざったような真剣な表情に、エステルはどう答えようかと考える。


「あれは仕事で……」


(オージェ様も私と同じように不安に思っていたのかな……)


 いつもは少し冷たく見える氷の瞳が、なんだかしょんぼりとしているように見えて、エステルはふふっと笑ってしまった。


「クロト様は雇用主だったのでそばにいただけです。気が合っているように見えたのは、クロト様の性格がオルガ先生に似ていたので、扱いに慣れていたからですよ」

「オルガに?」

「先生は昔から破天荒で、やることがいつも想像の斜め上というか、予想もつかないことをする人でしたから。クロト様に似ていると思いませんか?」

「確かに……」


 微妙な表情で頷くオージェに、エステルは少しだけ照れながらもその瞳を見つめてはっきりと言った。


「私がお慕いしているのは、オージェ様です」

「エステル……」


 その言葉にオージェは本当に嬉しそうに笑うと、エステルを抱き締める。


「愛しているよ、エステル」

「私も……、愛しています……」


 真っ赤な顔でエステルが囁くと、オージェはエステルの両頬を大きな手で包み込み、その唇にキスをした。

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