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第33話 クロトとオルガ

「話がまとまったようだから、お邪魔してもいいかな」


 突然声がしてハッと目を開けたエステルは、いつの間に入ってきたのか、にやにやと笑いながら近付いてくるクロトと目が合った。

 エステルは真っ赤になってオージェから慌てて離れたが、開いたままのドアからローブ姿の男性が入ってきたのを見て目を見開いた。


「先生!?」

「久しぶりだね、エステル。具合はどうだい?」


 柔和な笑顔を湛えてそう言った男性はゆっくりと近付いてくる。腰より長い金髪に紫の瞳の柔和な顔は、14年前に別れた時とまったく変わらない30代ほどの見た目で、エステルは驚いた。


「私は大丈夫です。それより、どうして先生がここに?」

「オルガ殿は私の先生だよ」

「え!?」

「エステルを診てもらうために、城下町にいた先生を呼び寄せたんだ」


 クロトの答えにまた驚いた声を上げると、オルガはゆっくりオージェに頭を下げた。


「陛下、エステルを診てもよろしいでしょうか」

「ああ、頼む」


 オージェが立ち上がり後ろへ下がると、オルガはエステルの枕元に立って手を取る。1分ほどで手を放すと、静かに頷いた。


「うん、すっかり身体は元通りのようだね。魔力の器も治っている。魔法を使ってごらん」


 オルガに言われ、手のひらに小さな光を点すと、オルガは満足げに笑った。


「綺麗な星の光だ。お前の稀有な力がついに戻ってきたね」

「先生……」

「オルガ、エステルはもうずっと魔法を使えるのか?」

「はい、もう安心でしょう。エステル、自分でも分かるだろう?」

「はい。でもどうして私の魔力の器は治ったのですか?」


 エステルの疑問にオルガは顎に手を添えると、うーんと考えてから口を開いた。


「おそらくオリヴィエが吸収した魔力の中に、原初の魔力も混じっていたのだろう。それらをそのまま魔法として放出していた。エステルはその魔法を吸収し続けた結果、魔力の器が治ったのだろうな」

「ではあの場にいた人たちの原初の魔力を私が……。じゃ、じゃあ!」

「大丈夫だ。あの場にいた者たちの中で、魔法を失った者はいない。たぶん多くの人間の魔力を一度に吸収しようとしたせいで、逆にその力が分散されたのだろう」


 自分がオリヴィエと同じことをしてしまったのではないだろうかと一瞬焦ったが、オージェの言葉にエステルはホッと胸を撫で下ろした。


「15年前、陛下の器を治した時、お前は自分自身の原初の魔力を与えすぎてしまった。それが原因で器を維持できなくなり魔法が使えなくなった。だが今回の件で、原初の魔力を取り戻し器は完全に治った。自力で治すとは、さすが私が見込んだ弟子だけある」


(そういうことだったのか……)


 なぜ突然魔法が使えるようになったのか不思議だったが、オルガの説明で納得がいった。


「オリヴィエ様は……、どうなりましたか?」

「オリヴィエは……、まだ意識を取り戻していない」

「あれだけの大量の魔力を取り込んだのだ。反動で魔力の器どころか、精神まで壊れている可能性がある。かろうじて意識が戻ったとしても、もう自分が誰なのかも分からないだろう。普通の生活に戻るのは無理だろうな」


 オルガの説明にエステルもオージェも眉を歪めた。だがクロトだけは表情を変えず冷静な声で続けた。


「あの場にいた者たちは、皇太后様も含めて全員が回復している。エステルは十分に仕事をした。オリヴィエのことは気にするな」

「クロト様……」

「とにかくオージェも皇太后様も無事だった。よくやった、エステル」


 クロトがそう言うと、オージェも優しく頷いてくれる。それを見てエステルは息を吐きだすと、小さく「はい」と返事をした。



◇◇◇



 次の日、すっかり回復したエステルは、久しぶりにドレスを着ると、クロトの部屋に向かった。

 部屋にはオルガもおり、3人でソファに座るとお茶を飲みながら話をした。


「まさか先生が我が家を出たあと、ベルオード家に身を寄せているとは思いませんでした」

「なぜだい?」

「あの時、先生は旅に出ると言っていましたから、てっきり国外に行くのだとばかり思っていました」

「ああ、そうだったね。確かにそのつもりだったんだが、旅の途中で寄ったベルオード家で引き留められてしまってね。それからずっと厄介になっていたんだ」

「引き留めたのはクロト様ですか?」


 オルガの隣で優雅にお茶を飲んでいたクロトに視線を移すと、クロトは肩を竦めて笑う。


「なかなか面白い思想を持つ魔法使いだったから、父上に頼んで逗留させたんだよ。それから剣も魔法も先生に教えてもらった。だからエステルは僕の姉弟子にあたるんだよ」

「そうだったのですね。もしかして、クロト様が私に接触してきたのは、先生の差し金ですか?」


 今思えばクロトが初めて声を掛けてきたのは唐突だったし、それからの関わり方もずっと違和感があった。なぜここまで自分に関わってくるのか、本当に不思議だったのだ。


「ああ。エステルがオージェの皇后になるかもしれないと先生に言ったら、色々と指図をされてね」

「クロト様が私に剣を向けたのはなぜだったのですか?」

「あの時はごめんよ。先生に君が鍛錬を続けているか見たいと言われて、仕方なくてね」

「あの場に先生もいたってことですか!?」

「もちろん。君が諦めていないか、確認したかったんだ。君は魔法が使えない身でありながら、独学で魔法吸収の能力をしっかり磨いていた。剣技もアランと鍛錬を続けていたのはすぐに分かった。私は感動したよ」

「先生……」


 クロトの無茶な要求がオルガによるものだと分かると、すべてが合点のいくものばかりだった。昔から普通の人では理解できないことをやる人で、それに振り回されていたことを思い出してエステルは苦笑する。それでも鍛錬を続けていたことを褒められて嬉しかった。


「魔法消失の原因であるオージェのそばにいれば、もしかしたら魔法を取り戻すかもしれないと、先生は僕に立ち回るように言ってきたんだ」

「それでクロト様は私を雇ったのですね」

「最初は先生の指示だったけれどね。君といるうちになんだか面白くなってしまって、僕も色々楽しかったよ。まぁ、まさかこんな結末になるとは思わなかったけれどね」


 悪びれない顔でそう言うクロトに、エステルは溜め息をつく。振り回されるこちらはたまったものではないが、この二人に悪気はないのだ。少しは文句を言ってやりたい気持ちもあったが、この二人にそれを言ったところで意味がないのは分かっている。


「私のすべてを受け継ぐ者だと思って育てていたお前が魔法を失い、私はお前を見捨てた。あの時はすまなかったな」

「いいえ、先生。私の驕りが招いたことですから」


 エステルの言葉にオルガは感慨深い様子で頷く。


「エステル、オージェの、皇帝の妻になるのかい?」


 ふとクロトに問われて、エステルは少しだけ顔を赤らめると、柔らかく微笑んだ。

明日、最終回まで投稿します!

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