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第30話 暴走

「どうしたの、オリヴィエ!?」


 強風が吹き荒れる中で皇太后が声を上げるが、オリヴィエは聞こえていないのか、また「近づかないで!」と叫んだ。

 さらに強い風が吹くと、オリヴィエに腕を掴まれたままだったオージェが苦しそうに膝をついた。


「陛下!!」


 周囲にいた者たちが近づこうとするが、バリバリッと落雷が落ち全員が吹き飛ばされる。


「オージェ!!」


 床に倒れた皇太后が悲痛な声を上げる。衛兵が駆けつけオリヴィエとオージェを取り囲む。それを恨みつけるオリヴィエの瞳は、燃えるように赤く染まっていた。


「オージェは誰にも渡さない! 私のものよ!」


 空気を切り裂くかまいたちが大広間を駆け巡る。次々に貴族たちが倒れる中、エステルは奥歯を噛み締めると襲い来る風を吸収した。

 扉から騎士が走り込んできて魔法を放とうとするのを、クロトが慌てて止める。


「やめろ! 二人にあたったらどうするつもりだ!」

「ですが!」

「ぐ……、あ……っ……」


 オージェが苦しそうな声を上げ、両手を床に手をつく。尋常ではない様子にエステルは焦った。


(あの指輪のせいでオリヴィエがおかしくなっているの!?)


 オリヴィエが自分の意思でやっているようには見えない。魔法を連続で放っているが、オリヴィエが知り得ないような強力な魔法まで使っている。

 逃げ惑う者たちにも容赦なく魔法が飛ぶ。騎士たちは防御の魔法を使っているが、それを打ち破るほどの強い魔法に貴族や騎士たちは次々と倒れていった。


「皇太后様を大広間から外に出せ! 陛下は私がなんとかする!」

「分かりました!」


 クロトが騎士たちに命令し前に出ようとする。エステルは慌ててクロトの腕を掴んで止めた。


「だめです! クロト様!」

「だが!」

「前に出れば魔力を奪われます!」

「なんだと!?」


 エステルの言葉にクロトは驚き声を上げる。エステルはオリヴィエの周囲に倒れている者たちから魔力が吸い出され、オリヴィエに流れ込んでいるのを見て顔を顰める。


「じゃあ、オージェは!?」


 クロトが見たこともないほど心配げな表情でオージェを見つめる。エステルは四つん這いで苦しそうにしているオージェを見つめ、首を振った。


「陛下は抵抗しています。けれどそれほど長くはもたない……」


 他の者とは違い、オージェはまだ倒れていない。魔力を急激に吸われてしまうと、通常人は昏倒してしまうが、オージェは魔力の制御の訓練を受けていたからか、オリヴィエの攻撃に抗っている。

 二人が話している間に、オリヴィエの放つ魔力が赤い霧のように目視できるほど高まってきた。


「なんだあれは……」


 クロトが呟くと、赤い霧がぶわっと膨れ上がった。その途端、逃げ遅れていた者たちがバタバタと倒れていく。


「吸収している魔力が、指輪に集まっている……」

「指輪?」

「あれは……、呪具?」


 どんどん赤い輝きを増す指輪を、エステルは見つめる。


「呪具って、なんでオリヴィエがそんなもの……」

「前に出ればすぐに魔力を吸収されて、魔法が使えなくなってしまいます。それではクロト様も危ない。クロト様は後方で皆さんを守って下さい。陛下は私が助けます!」

「エステル、大丈夫か?」

「はい。お任せを」


 エステルは大きく頷くと、ゆっくりと前へ出る。ビリビリと魔力に魔法が混じり、まるでオージェの雷撃のようだ。


「陛下!」


 エステルが呼び掛けると、オリヴィエがゆっくりとエステルを見据える。その途端、炎の渦がエステルを取り巻く。

 攻撃が来るのを予想していたエステルは、両手を広げ魔法を吸収した。


「エステル! オージェは渡さない! お前には絶対に渡さない!!」

「オリヴィエ様! 指輪を外して下さい!」

「邪魔者は消えろ!」


 荒れ狂う嵐のように大広間全体に風と雷の魔法が吹き荒れる。激しい落雷と皮膚を切り裂く風の魔法をエステルはすべて吸収しながら、ゆっくりと前へ進む。


「来ないで!」


 オリヴィエの叫び声と共に、広範囲の魔法が放たれるが、それは強い魔法障壁に跳ね返されて霧散する。驚いて振り返ると、クロトが手をかざしている。

 騎士たちもそれぞれが守りの魔法を使ってくれていて、エステルはこれなら大丈夫だと、オージェのことに集中することにした。


(早くオリヴィエの手を離させないと……)


 オリヴィエはここにいる全員から魔力を吸収している。力が分散されているせいかまだオージェの魔力は尽きていない。けれどこのまま放っておけば、いずれ必ずすべての魔力を吸い尽くされてしまうだろう。

 魔力の底には原初の魔力というものが存在する。それは魔力を溜めるための器を形成し維持するための魔力で、これがなくなってしまえば器は壊れ魔法を使えなくなる。


(それだけは絶対にだめ)


 皇帝が魔法を使えなくなるなどあってはならない。


(私が何のためにここまで……)


 エステルは奥歯を噛み締め、これまでのことを思い出すと、勇気を奮い立たせた。

 一歩また一歩と前へ進む。魔法障壁をかいくぐった風の魔法が、かみそりのようにエステルの皮膚を切り裂く。痛みに顔を歪め、それでも前へ進む足を止めない。

 そのエステルの姿に、オリヴィエの表情がさらに凄みを増した。


「近付くな!!」


 高いはずのオリヴィエの声に、しわがれたような男の声が混ざる。そしてオリヴィエの髪が真っ赤に染まりうねうねと伸びていくと、オージェの身体に纏わりついた。

 そのあまりの禍々しい様子に、エステルは顔を顰めた。


「オージェ!」

「陛下!!」


 背後からクロトや騎士が叫んでいるのが、風の音に混じり聞こえる。


(髪から魔力を吸収してる!?)


 オージェの身体を覆うほど長く伸びた髪が、急激に魔力を吸い込み始める。


(時間がない……)


 ぐずぐずしているとオージェどころか、ここにいる全員の魔力を吸い尽くされてしまう。

 エステルは腰にある魔法剣を引き抜くと、全力でオリヴィエに向かって走り出した。


「来るなぁ!!」

「くっ!」


 絶叫と共に切り裂く強風が襲いかかるが、エステルは左手を掲げ一瞬ですべてを吸収する。今までにないほど大きな魔法を急激に吸収し、身体がずんと重くなる。

 エステルは奥歯を噛み締めて耐えると、そのままオリヴィエに剣を振り上げた。

 オリヴィエが燃えるような目を見開いて魔法を放とうとするが、それよりも早くエステルが魔法剣を振り下ろした。


「ぎゃあああ!!」


 オージェの身体を覆っていた髪を切ると、オリヴィエの発した獣のような叫び声が大広間に響いた。

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