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第3話 皇太后の思惑

 支度を整え明日には宮殿に入るように言われたエステルは、とりあえず解放され家に帰ることができた。


「エステル! どうだった!?」

「お母様……」


 待ち構えていた母に笑顔を作ることもできず視線だけを送る。居間のソファにはアランもいてエステルの顔を見ると立ち上がった。


「良い話じゃなさそうだな」

「ええ……」


 エステルはゆっくりとアランの正面に座ると、経緯を話した。


「エステルが皇后に!?」

「そんなまさか……」


 母は笑顔で、アランは眉間に皺を寄せてそれぞれ口にする。二人の顔を見ると、エステルは溜め息を吐いた。


「嘘みたいな話だけど、勅書もいただいてきたわ」

「魔法が使えないエステルが皇后だなんて、どういうつもりだ?」

「お兄様は皇帝陛下のこと、知ってた?」

「雷帝のことは、いろいろ噂が飛び交っていたが、まさかそんな事情があったとは……」

「雷の力の影響で、誰も触れないなんてことあるのね……。私が触った時は、なんともなかったけど……」


 アランは顔を顰めたまま、背もたれに背を預ける。


「これは光栄なことよ。なぜ二人とも喜ばないの?」

「母上、これはそんな簡単な話じゃないんですよ。エステルはたぶん捨て駒にされるんです」

「捨て駒? だって皇后よ?」

「魔法が使えないエステルが、皇后になれるわけがない」

「でも、お妃教育をするって……」

「それは体裁を整えるためです」

「体裁?」


 母は怪訝な顔をして首を傾げる。


「もしこのままエステルに子を産ませたとしても、婚姻もしていない者との間の子を皇太子にしようとすれば、貴族連中が黙っていないでしょう。だからとりあえず皇后という席だけには座らせておくんです。子さえできればその後は、どうとでもできるんですから」

「どうとでもって?」

「捨てられるってことよ」


 エステルが暗い声で言うと、母はやっと理解したのか、顔を曇らせた。


「極端な話、陛下に触れられる女性なら、誰でもいいんでしょうね……」

「魔法が使えないエステルが宮殿に入ったら、どんな扱いを受けるか……」

「陛下が守ってくれるんじゃないの?」

「それはないと思うわ……」


 オージェの様子を思い出しエステルは弱く首を振った。


「陛下は今回のことを認めていないご様子だった。私が宮殿に行ったとしても、守られるどころか、嫌がられるんじゃないかな……」

「そんな……」


 エステルはオージェのいら立った顔を思い出して溜め息をつく。

 オージェはとても綺麗な顔をしていたが、険しい表情は近寄りがたい雰囲気だった。彼の子を産むなんて、まったく想像できない。


「陛下は乗り気じゃないのか……。それなら、もしかしたら家に帰してもらえるかもしれないな」

「そうかしら……」

「皇太后様が何を言おうと、結局は皇帝陛下が許さなければ皇后にはなれないだろう?」

「まぁ、それもそうね……」

「今はとりあえず命令に従おう。エステル、一人で頑張れるか?」

「ええ、お兄様……」


 エステルは大きな不安を覚えながらも、それを口に出すことはせず小さく頷いた。



◇◇◇



 夜、荷物を纏めるのも終わり、そろそろ寝ようとしていると、部屋にアランが訪れた。


「荷物は纏め終わったか?」

「ええ。そんなに持って行くものもないし……」


 アランはひとまとめにした荷物を見たあと、溜め息混じりに話しだした。


「皇太后様の命令だとしても、あまりにも今回のことは横暴過ぎる」

「王家にとって、跡取りの問題は重大よ。ましてや陛下の力のせいなら、早めに手を打っておきたい気持ちは分かるわ」

「雷帝と言われ、魔法の強さは折り紙付きだったが、まさかこんな弊害があるとはな」

「強すぎる力は、良くも悪くも周囲に影響を与えるけど……」


 エステルはそこでオージェの不機嫌な表情を思い出して言葉を途切らせた。


「エステル、陛下は、他に何か言っていたか?」

「いいえ、何も……」

「そうか……」


 アランは大きな溜め息を吐くと、しばらく押し黙る。

 エステルはアランが何を言いたいか大体分かってはいたが、口を開かずに待った。


「……お前は、これまで散々苦労してきたんだ。これ以上苦しむ必要なんてない」

「お兄様……」


 顔を顰めてそう言ったアランは、手を伸ばすとエステルを優しく抱きしめた。


「私が何か策を考える。それまでどうにか辛抱してくれ」

「ありがとう、お兄様……」


 アランはそう言ったが、子爵である兄が手を出せる問題ではないだろう。


(私がどうにかしなければいけない……)


 誰の手助けもない宮殿で、一人戦わなければいけないのだ。

 エステルは両手を握り締めると、まるで戦場に向かうような心持ちで、明日からの日々を思った。

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